これまで見た米国映画の中で一番ひどい目にあった弁護士は誰かと考えてみた。多分、「ジュラシック・パーク」で恐竜ツアーに加わり最初にTレックスに食われた弁護士ではないか。彼は、公園のトイレに隠れているところを見つかり、頭から食われてしまう。スピルバーグ監督は、この金権弁護士が最初の犠牲者であれば、観客の納得が得られると思ったのであろう。アメリカ人の弁護士に対する感情は単純ではない。強欲な弁護士が改心して弱者の味方になるというストーリーはアメリカ人に好まれる。「シビル・アクション」は、金権弁護士のジョン・トラボルタが大企業の水質汚染事件に遭遇して正義に目覚め、私財を注ぎ込んで戦いを挑むという話だ。これは実話にもとづいているので、必ずしもハッピーエンドにならないところがいい。大企業側には大法律事務所がつき、そこの弁護士は当然悪く描かれる。この、企業側の弁護士=金権弁護士=悪者というパターンを極限にまで押し進めたものが「ディアボロス」だ。若手訴訟弁護士キアヌ・リーブスが入ったニューヨークの一流法律事務所のオーナー弁護士(アル・パチーノ)は実は悪魔だった、という話だ。他に新人弁護士が悪徳事務所に入る話としては、トム・クルーズの「ザ・ファーム 法律事務所」がある。さて、正義の味方の人権弁護士達が本当に私利私欲と無縁かというと、疑問がある。ジュリア・ロバーツの「エリン・ブロコビッチ」は、彼女が小さな法律事務所のオーナー弁護士を助けて大企業が有毒物質を垂れ流している事実を突き止め巨額の和解金を勝ち取る、という話だ。この手柄で彼女は200万ドルのボーナスを支払われる。しかし、オーナー弁護士は、その何十倍もの弁護士報酬を手にしていたのだ。公害訴訟などでよく用いられるクラス・アクション(集団訴訟)においては、弁護士は着手金なしで弁護を引き受けることが多い。彼らは、手弁当で訴訟を起こし、敗訴すればマイナスだが、勝訴すれば賠償金額の3,4割を報酬として持っていく。これは一種のギャンブルであって、人権弁護士=金権弁護士というケースも最近は多い。ちょっと変った法廷ものとして「フィラデルフィア」がある。トム・ハンクスは大法律事務所のシニア・アソシエート(経営者であるパートナーになる直前の勤務弁護士)だったが、突然解雇される。その理由は、彼が時効が迫っていた事件の訴状を紛失しかけて事務所に迷惑をかけたからだという。しかし、トム・ハンクスは事務所の真意はそうではなく、彼がエイズに罹患しているのが解雇の本当の理由だと考えて、地位保全を求めて事務所相手の訴訟を起こす。トム・ハンクスがアカデミー賞主演男優賞を取った作品だが、細部に気になるところがある。彼がなくしかけた訴状は、大企業間の、反トラスト法及び著作権法がからむ重大な事件のものだという。このような訴訟をアソシエート1人に任せることは米国の大事務所ではあり得ない。反トラスト法や著作権法は普通の弁護士は扱わない法律分野なので、それぞれの専門弁護士が関与し、パートナーが監督して進めるのが普通である。訴状の写しをこれらの弁護士が持っていないはずがない。弁護士の国でありながら、結構いい加減なストーリーがまかり通っている。テレビシリーズの「アリーマイラブ」は法律事務所の人間関係をおもしろおかしく描いた群像劇である。変な弁護士とそれに劣らず変な依頼者が登場するドラマだが、一見おかしな理屈でもひるむことなく主張するところが米国らしい。アメリカの弁護士映画は、日本のロースクールのいい教材になると思う。(これはGQ Japan 2003年11月号に掲載されたものの原稿です。)