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第37回「放送法務研究会」
 
〜インターネットと法律上の諸問題〜
 
弁護士  乗杉 純 氏

2001年5月24日

 乗杉 弁護士の乗杉です。よろしくお願いいたします。

 きょうは「インターネットと法律上の諸問題」ということでお話しするわけですが、ご承知の通り非常にいろいろな問題がインターネット関係ではございます。なかなかそう短い時間ですべてを網羅的に話すことは、難しいわけです。今回は、一般的に関心が高いと思われる事柄に絞りまして、あまり深くはお話しできないとは思いますが話したいと思います。

 まず、インターネットとは何かということをお話ししたいのですが、インターネットの性格によって、その法律問題というものも独特なものが出てきます。覚えておられるかどうか、昨年のブッシュ対ゴアのアメリカ大統領選挙で、ブッシュ陣営のいわゆるネガティブ・キャンペーンというものがありました。これは相手側を引きずり下ろすというキャンペーンです。その中でブッシュさん自身ではないと思うのですが、ブッシュのサポーターが「ゴアさんが自分がインターネットを発明したと言ったことがあるがこれは嘘である。彼は嘘つきだ」ということを、かなり派手にやりました。そのためにゴアさんは、だいぶ傷付いたのではないかと思うのです。それがなければ、今ごろは「ゴア大統領」かもしれないのです。

 そこで、インターネットというのは一体だれが発明したのか。本を見ても、そこら辺のところで発明者というのは、どこにも書いてありません。私の知る限りにおいては、インターネットというのは1969年ころにアメリカにおいて、いわゆる分散型のネットワークという形で発生した。だれが最初につくったのかよくわかりません。

 ただその目的というのは、これまたおもしろいのです。核戦争によって、通信網が分断される。つまり、アメリカが部分的に核によって破壊された場合に、それでも生き残れるような通信網をつくるという意図があったようです。それが今のインターネットの基本的な性格を決定していると思うのです。

 その後、1980年代になりまして、大学や研究機関、そこら辺を通じて非常に発展をし、さらに1990年代には商業利用が始まりまして、ワールド・ワイド・ウェブ(World Wide Web)やモザイクとか、そういうものの利用によって非常に広がったわけです。

 ただその基本的な性格というのは、最初の発生のときから変わっていません。要するにどこかを破壊されてもほかのところで生き延びるという、有機体的な構造を持っているわけです。別の言葉で言えば、中央にだれかがいてそれでコントロールしているというものではない。どこかを、支配しているものを破壊すれば、それで消えるというものではないというところに、特徴があるのです。それが結果的に、今インターネットで起きているいろいろな問題の一つの理由、原因となっているところもあるわけです。

 例えば、ある国が望ましくない映像をインターネットで運ばれることを阻止したいと思っても、それはなかなか難しいのです。インターネットを、どこかの支配者、権力者がコントロールしようということは、非常に難しいような構造を持ったものが、いま現在われわれが使っているインターネットだということになると思います。

 それが前置きです。次に、「インターネット上の表現の規制」という話をします。これはまず、「表現の自由」という言葉をお聞きだと思いますが、これが日本で言えばどこに一番の根拠があるかと言うと、当然のことながら「憲法」なのです。お配りしてありますものの3ページ目、別紙というところを見ていただきますと、憲法21条(集会・結社・表現の自由、検閲の禁止、通信の秘密)。これで第1項、第2項と読むとわかりますが、第1項に「表現の自由」ということがうたわれています。第2項は「検閲」と、それから二文目の「通信の秘密は、これを侵してはならない」。これもインターネットにかかわってきます。あとで「表現の自由」というものと「通信の秘密」ということが、微妙にかかわってきます。

 ということで、一応それが「表現の自由」の根拠であるということをお話しします。ではその「表現の自由」というのは、これは絶対的なものだろうかと言うと、当然そうではない部分があるわけです。それを全く自由に許しておくと、いろいろと問題が起きる。例えば、放送に関しては電波法の107条に、日本国憲法またはその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する通信を発したものに刑罰を科するという規定があります。これは条文を引いていないのですが。あと放送法3条の2の第1項第1号は、放送において公安を害する表現を禁止しています。

 このような法律の明文上、表現の自由を規制するという規定はあるわけです。ただし、いずれもインターネットはいわゆる放送ではないとされています。「インターネット放送」とかいう言葉は使いますが、法律上はこれは放送ではありません。したがってこれらの規定は適用にならない。今のところ、インターネット上の表現を規制するような法律というのは、特にはありません。では何でもいいのかと言うと、これはまた当然違います。インターネット上の表現にも、ほかのいろいろな表現に当てはまるような、そのような規制というものは当てはまってきます。

 それが例えば刑法の名誉毀(き)損罪とか、また民法で言えばそれが不法行為として問題となる。このようなことは当然あるわけです。したがってインターネット上の表現というのは、ほかの言論と同様に制約を受けてくるということになります。

 次に「インターネットは表現か、通信か?」。これは先ほどの憲法第21条の1項と2項との関係になるわけです。ここで憲法上、「表現」というものと「通信」という二つのものが出てくる。まず最初の「表現」というものが問題となるのは、いままでの既存のメディアで言えば、新聞、雑誌等の出版。または電波を利用した放送。このようなものについては、「表現の自由」というものが確保されなければいけないという関係で、問題となります。

 もう一つの「通信」のほうですが、これは「通信の秘密」です。要するに通信の内容というものを、特に憲法で言っているのは国家権力がこれを侵してはいけないということで、これについては、既存のメディアというか、コミュニケーションで言えば、郵便や電話の秘密を暴いてはいけない。そういうことが「通信の秘密」ということで、今までは言われてきました。

 では、インターネットというのがどちらに該当するのか。それは具体的に、インターネットをわれわれがどう使っているのかということを見ればわかるわけです。例えば、メーリングリストサービスというような、同時に多数の人にメールを送るというサービスとか、または掲示板です。これはだれでも見ることができるし書き込むこともできる。または電子会議室。リアルタイムで書き込めるとか、さらにはホームページ自体も、要するにみんなにオープンなわけです。ですからそういうインターネットの側面というのは、これは新聞、雑誌、書籍または放送というものに類似してくるわけです。これに反しまして、インターネットを使った電子メール。これは一般的には1対1の関係であり、手紙や電話と類似の性格を持っています。

 このように、インターネットと一概に言いましても、二つの性格を持っている。その二面性によって、どのように取り扱っていいのかということが、その場合場合によって違ってくるということが、あとで判例などを見ますと起きてくるわけです。

 次に「名誉毀損とプロバイダーの責任」という話です。名誉毀損は、もちろん何もインターネットだけに限るわけではありません。名誉毀損というのは何であるかということを、まずお話しする必要があると思います。

 刑法230条1項。ここに「名誉毀損」ということをうたっています。これを読んでみますと、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」ということが書いてあります。

 ここでよく一般に誤解している人がいるのですが、事実の有無にかかわらず、要するに本当のことを言ってもそれは名誉毀損になり得るわけです。よく新聞などで取り上げられる事例というのは、人について嘘の事実を述べたから、だから名誉毀損だということが多いわけですが、必ずしもそうではない。したがって、摘示された事実が真実であっても、名誉毀損は成立し得るのです。

 しかし一般的に真実であっても、それが名誉毀損になるということになると、反面「表現の自由」との問題があるのです。本当のことを言ったのに自分が罰せられるということは、これは納得がいかないという感情というのは当然あるわけです。そこに出てきたのが刑法の230条の2、「公共の利害に関する場合の特例」ということがその下に書いてあります。

 ここでは、すべてが真実であることの証明があった場合です。プラスいくつかの条件があれば、そのときには名誉毀損では罰しない。その条件というのは、まず公共の利害に関する事実に関係していること。それから名誉毀損の対象となった表現というものがもっぱら公益を図ることにあること。最後に、その事実が真実であった場合には、罰しませんということが、230条の2は書いてあるのです。

 さらに、いわゆる犯罪報道については、公共の利害に関する事実だというように言っています。さらには公務員や選挙の候補者に関する事実の報道ということは、公共の利害に関するものであり、さらには公益を図るためにやったという二つの条件をも満たしている。したがって真実でありさえすればよろしいというように、かなり条件が緩和されています。

 これによって表現のほう、報道のほうはかなり救われるわけです。最低限、真実でなければいけないということはまだ残っているのですが、それが確保されればあとは何とかなる可能性はあるわけです。ただ、報道というのは、真実であるという確証があってやらなければいけないとなると、これはかなりきついわけです。やはりある程度の見込みというか、最後の詰めがなくても、これはどうしても報道しなければいけないという場合があるのです。

 それを何とかカバーできないかということで、法律の条文上は何も書いていないのですが、ある判例があります。資料には書いていません。「夕刊和歌山時事事件の最高裁判決」というのが、昭和44年に出ています。ここでは、事実が真実であると完全に証明できなくても、あるいは事実が真実でないことがあとに判明したとしても、表現した時点で、その事実が真実であると信じたことに相当の理由があったことを挙証すれば、相当の理由があったことは証明しなければならないが、その場合には名誉毀損にはならない。このような判決がありました。

 これは、いわゆる相当の理由基準と言われています。報道の場合に、報道した際に真実であるという確証がなくても、それがそう信じたことに相当の理由が、この相当の理由というのはなかなか難しい判断になると思いますが、それがあれば名誉毀損にならないということが言えると思います。これがいわゆる名誉毀損の基礎知識です。

 次にまた有名な事件ですが、「ニフティの名誉毀損事件判決」、これが東京地裁の平成9年5月26日の判決です。これはいわゆるニフティサーブの問題、事件です。ニフティサーブというのは、パソコン通信の草分けです。したがいまして、今のインターネットにこれがそのまま適用になるかどうかというのは、ちょっと注意したほうがいいと思います。ただこの判決で展開されている論理というのは、非常に基本的な根本的な対立がありました。それは現在のインターネットにおける責任の問題というものに密接に関連しているというか、基本的には同じ議論が当てはまると思います。

 この事件は一体どういうものであったかと言いますと、ニフティサーブにはいわゆるフォーラム、会議室がある。この会議室というのは、この事件においては「現代思想フォーラム」の「フェミニズム会議室」というものです。そこにいろいろな会員がいて、その会員の間での意見交換ということで自由に書き込みができるのです。そこで、ある会員の書き込みに対して他の会員がそれは自分の名誉を毀損している、というかすごく入り乱れて、かなりやりあったわけです。

 名誉毀損は、当事者同士であれば、インターネットであろうがパソコン通信であろうが同じような議論があると思いますが、ここで訴えられたのが当事者の名誉毀損をしたという会員だけではなく、ニフティサーブ自身と、それからニフティサーブのシステムオペレーター、シスオペ、の二者も一緒に訴えられた。これは今までの通信とは少し違う側面です。

 どうしてそういうことになったかと言うと、最初にそういうフォーラムへの書き込みがあって、それで誹謗(ひぼう)中傷されたと主張する原告は、当然自分を誹謗中傷している書き込みを削除しろと要求したのです。その要求というのは、この会議室を管理しているシスオペに対してなされた。しかしそれに対してすぐにそれを削除するという対応は取られなかった。現実に削除が行われたのは、最初の書き込みが行われてから3ヵ月後であって、さらにそれは原告の依頼人弁護士からの通知があって初めて全部ではなく一部を削除するという対応が取られたということです。

 これに対して原告は、このような対応は納得がいかない。まず、当然その書き込みをした相手に対しては、いわゆる古典的な名誉毀損によって訴えました。それからシスオペに対しては、書き込みを削除するという義務を怠ったという不法行為。それからニフティサーブ自体については、そのシスオペをそうやって使っていて、それが債務不履行と言いますか、不法行為になるのか、そのようなことをするのをそのまま放置しておいた。自分が使用している人がそういう行為をすることを放置していたということによって、いわゆる使用者責任を問題としました。

 判決は、原告勝訴です。罰金というのは非常に少ないのですが、各自、ご当人の書き込みをした人とシスオペとニフティサーブ、それぞれに10万円の賠償。さらに、実際に書き込みした人は一番悪いということで、この人には40万円の追加の損害賠償。原告のほうはさらに、謝罪広告をしろということを要求したのですが、これは棄却されました。謝罪広告が認められるかどうかというのは、かなりほかの名誉毀損でも微妙なところで、簡単には認められないということです。

 ここで、いわゆるプロバイダーの責任というものが出てくるわけです。ニフティサーブというのは、今のインターネットのプロバイダーと全く同じ立場にあるかと言うと必ずしもそうではないわけです。というのは、パソコン通信というのは当然会員がいるわけで、その会員間での、特に会議室というような場合には、限られた者の間での交信ということです。それと比べてインターネットのプロバイダーというのは、要するにサーバーを提供するだけというところも多いわけです。それの責任というのは必ずしも同一には考えられないかも知れないのですが、程度によって、この判例がどこまで当てはまるかということが出てくると思います。

 今回、ニフティサーブにいく前にシスオペの責任というものがとらえられたのです。この判例で言っているのは、シスオペというのは、いろいろな書き込みというのがもちろんあるわけで、それを四六時中見ていてチェックするというのは物理的に不可能です。ですからそこまでは求めない。ただ、実際に不都合な、だれかの名誉を毀損するような発言が書き込まれたことを具体的に知ったと認められる場合には、そこで適正な判断を下して、相手方、被害者の名誉が不当に害されることがないように措置を取る。そのような条理上の作為義務。要するにそのようなことを何か積極的にしなければいけないという義務があると、この判決は言っています。

 ですから、ここが非常に微妙なところです。シスオペといっても、この件でもそうですが、非常に安いお金で、言わばサービスのようにしてやっていた。実際に書き込みというのは、まま過激になるものであって、それをいちいち規制していたら始まらないという議論も当然あるわけです。それが責任が認められるのかどうかということは、これからもいろいろケースが出てきて、だんだん確立していくとは思います。

 ここでプロバイダーの責任というものについて、二つの全く対立する考え方があると思うのです。一つは、プロバイダーというのは電気通信事業法の適用を受けて、その法律のもとの電気通信事業者と言われるものです。電気通信事業法の第3条は、「通信は、検閲してはならない」と言っています。だれに対して言われているのかと言うと、これは憲法のような国家権力だけではなくて、ここで言う電気通信事業者はそういうことをしてはいけないと言われているというのが、一般的な解釈です。

 それでは、今回のような「掲示板」における、または「会議室」における書き込みを削除するというのは、検閲に当たるのではないかという議論が一つにはあるのです。確かにこれがeメールであれば、その内容をいちいちチェックするということになればそのようなことは言えるかと思うのですが、「掲示板」というのは、先ほどの二つ、表現と通信と言った場合には表現のほうに入るわけです。表現のほうに入るとすれば、ここで言う「通信は、検閲してはならない」という通信とは違うのではないか。このような「掲示板」だとか「会議室」だとか、そのような公の表現というものについては、電気通信事業法の第3条が当てはまるものではないというのが、たぶん大勢だと思います。

 それと反対に、プロバイダーというのは、今までの既存のメディアの中の、例えば印刷メディアの本や雑誌、または放送メディアのように、編集権を持っていて、自分が編集して発行ないしは放送したものについてはその著者と同一の責任を負うと考えていいかと言うと、これはまたそこまでインターネットのプロバイダーがやるというのは実際上不可能である。だいたいだれが何を書くかというのは、プロバイダーのほうは全くコントロールもしていないし、実際見ることもできない。これは現実を見れば明らかなわけです。

 要するに、先ほど言いましたように「掲示板」だ「会議室」だうんぬんというものは、それは表現であったとしても、それに関与してくるプロバイダーというのは、編集者ではないのです。言わば場所を提供しているということと同じように考えて、そういういう意味において責任というものは大幅に軽減される、と言わざるを得ないと思います。

 いずれにしましても、この関係というのは今後もまたいろいろと議論されて、その判例の蓄積によって、また個々の具体的な事情によって、当事者の責任というものがはっきりしてくる問題であると思います。

 次は「プライバシーの侵害」ということが、これはまたインターネット上ままあることです。では、プライバシーというのは一体何だろう。法律のどの条文にプライバシーということが書いてあるかと言われますと、これはないのです。

 プライバシーという言葉が初めて判例上現れたのが、ここに書いてあります「『宴のあと』事件判決」。昭和39年の事件です。『宴のあと』というのは、三島由紀夫の有名な小説です。その内容というのは、その当時、確か書かれた1年くらいかもう少し前だったと思いますが、東京都知事選に立候補した有田八郎という元外務大臣がいました。その人が社会党の推薦で立候補しました。しかし惜敗した。その物語なのです。彼の妻というのが、料亭の般若苑という有名なところのおかみです。その妻とは選挙後、いろいろなことがあって離婚せざるを得なかった。

 その物語というのを、実際の選挙というものを背景にして、それで夫婦の間の個々の具体的な物語というのは、三島の全くの想像だったらしいのです。ただ、有田さんとしては、これが文学作品だろうが、要するに具体的な事実というものが全然、文学として事実とは関係ないとしても、それは非常に不愉快だということで、最初は中央公論に連載されたのですが、そのときから抗議をしていた。さらに中央公論がこれは単行本での出版は止めますといったあと、三島さんがこれを新潮社に持っていって、新潮社から出版したのです。ここでもう、堪忍袋の緒が切れて訴訟ということになりました。訴訟の結果は、三島由紀夫の敗訴ということになり、この当時ではかなり高額である80万円の損害賠償が言い渡されました。

 ここで初めて裁判所がプライバシーという言葉、これはアメリカの法律判例のほうで確立していた概念なわけですが、それについて判断しました。ではプライバシーとは何かというと、これは三つの要件があります。

 一つは私生活の事実、もしくは私生活の事実らしく受け止められるものであること。二つ目は一般人の感受性を前提にして、公開を欲しないであろうと認められること。三つ目はいまだ知られていない事柄であること。この三つの条件がすべて該当するようなものが、プライバシーとして法的に保護されるというように判断しました。それ以降、プライバシーに関する判決というものはいろいろありまして、この原則というものは今ではむしろ確立されたと言っていいと思います。

 そこで次に、またニフティなのですが、先駆者としていろいろ問題を抱えてしまうわけです。「ニフティのプライバシー事件判決」というものを説明します。これはどういう事件かと言いますと、これはニフティサーブの今度は「掲示板」です。この「掲示板」において、ハンドルネームでの書き込みが行われていた。しかしそのハンドルネームと個人名というのは、その掲示板でチェックすればわかる。要するにその関連というものが「掲示板」上でわかるようになっていた。しかしそれ以上の個人についての情報というものは、この「掲示板」ではわからない。

 そのような状況のもとに、書き込みをした人は、その個人名を指摘して、さらにその人の職業、営業所、電話番号をみんなそこに書き込んでしまったというわけです。これは当然、いろいろ個人的にうらみつらみなりがあったのだと思いますが、書き込まれた側がこれでプライバシーを侵害されたとして訴えたのです。

 ところがこの人の名前を職業別の電話帳で引くと、その人の職業、事業所の住所、電話番号というのは載せていましたから出てきてしまうのです。要するに、その人というのは、全く自分を隠している匿名の存在ではなくて、電話帳というものを介すればその人の正体がわかる。その人の、ヘアーサロンか何かをしている人であるということがわかってしまうのです。では、それは秘密でも何でもなくて、プライバシーの侵害でもないだろうという議論が一つある。

 しかし裁判所はそれにはくみせず、この人は「掲示板」においては自分の本名まではいいけれどもそれ以上は自分が何をやっているのか、電話番号が何かということは、公表したくないのだ。さらにそのような事柄というのは、今まで自分自身でネット上で書いたことはなく、したがってネット上では知られていない。要するに、ネットという一つの世界をとらえるのです。その世界においては、この人は、名前はわかるけれども何をやっているかわからない人。それがその人にとっての利益である。そのような秘密を守られたいという意図を持っている。このようなことを重視しました。

 ほかの紙の媒体によれば、この人がどういうところに住んでいるかがわかってしまってもそれは関係なく、ネットでは知られていない以上は、ネットで暴露されてはならないということを、それをプライバシーの権利として認めたという、まさにインターネット的な新しい世界の話としておもしろいです。それがこのプライバシー事件の判決です。

 次に「ホームページ作成に関する法律問題」ということをお話しいたします。私も実はホームページを持っているのですが、最近非常に簡単に作れるようになったようで、ホームページを持つ方が増えてきたのです。ただ、ホームページというのはなかなか材料がなくて、つい人のものを引っ張ってきたり、そういうことで人の著作権といろいろとコンフリクトがあるということがままあります。

 ホームページというのは、当然のことながらそれ自体が著作物になって、そこに自分が書いたものを載せる分には全く構わないわけですが、それだけでは足りなくて、他人の著作物を持ってくるとか、他人のレコードから取ってくるとか、いろいろとそのようなことをしたくなるわけです。そのようなときに、当然、人の著作権というものを配慮しなくてはいけない。そこで著作権についてのいろいろな問題ということを考える必要が出てくるわけです。

 一つ最初に「引用」ということをお話しします。32条の1項というところです。ここで「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」と言っています。

 この引用というのは、ままやりたくなるのです。自分が好きな詩があったとか、この小説の一節をこのまま持っていきたいとか、そのようなことはよくあるわけです。ただこれをあまり勝手にやりますと、ここで言う引用には当たらなくて、むしろ人のものを複製した、または要するに通信で発表したということになって、その人の著作権を侵害するということになりかねないわけです。

 そこで注意すべきことは何かと言いますと、別紙には書いてないのですが、著作権法の48条には、要約すると著作物の出所を合理的と認められる方法と程度により明示しなければいけない。要するにどこから持ってきたのかということを、はっきり書く。そのためには、最低限、著作物のタイトルがあればそれと、それから著作者の名前、これが公表されていればその名前は必ず必要である。場合によっては、どこの雑誌から取ったとか、そういうことを書いたほうがいい場合もあります。

 次に、もともと自分の著作物があって、ホームページだったらホームページです。そこに人のものを引用して持ってくるわけですから、当然自分のものとの関係がどうであるかということが問題なのです。

 二つ目の要件というのは、他人の著作物を自分の著作物の中に持ってくることに必然性があるかどうか。全く関係なく、突然人の小説を全部持ってきて、ただおもしろいからというだけでは、自分との関連がないわけです。そうではなくて、自分が何か書いているものの中で、どうしてもそれに言及しなければいけない。そのためにはやはり本人の実際のその言葉で、つまり原著作者ですが、その人の言葉で持ってくるのが一番だというような必然性があれば、これは引用として認められる場合です。

 さらには、形式的なことですが引用というのは、例えば自分が小説を書いているとして、その中に三島由紀夫の小説の一節を突然何の断りもなく入れて、それが連続して読めるというような場合は問題なわけです。引用というのは、その部分が人のものだということがわかるような表示が必要です。具体的には「 」を付ける。「 」を付けて、ここからここまでは三島さんのものです、私のものではありませんというような注意が必要です。さらには、自分の著作物が主で、人の著作物が従であるという関係が必要です。ですから、三島さんの本を8割持ってきて、自分がそれに2割付け加えるというような格好だと、引用とは言えない。

 ここには書いていませんが、パロディー事件判決というものがあります。それは最高裁の判決が昭和55年3月28日ですが、この中でこのようなことが言われております。パロディー事件というのは、インターネットとは関係ありません。スキーヤーが3人で滑った跡が残っている所に、その上に巨大なタイヤを持って来て、タイヤの跡であるかのごとく合成して作った写真。これが、パロディーとして許されるかどうかということで、結局これは、具体的な例では許されないということになったわけです。

 それはともかくとして、次に「リンク」についてお話したい。

 リンクというのは、皆さんやりたがると言いますか、非常に便利なものですから使うわけです。具体的にどのようなことをしているかというと、自分のホームページには、他人のホームページの所在を示すURL、ユニフォーム・リソース・ロケイター(uniform resource locator)がある。そこをクリックすれば、人のページにぱんと飛んで行くというのが、リンクです。

 では、これは引用ではなくて、そのまま人のものを取ってくるので複製に当たり、著作権の侵害ではないかと思われるかもしれません。ただ、自分のホームページにおいては、何も人の著作物を表示しているわけではなくて、ただ人のURLを示しているだけなのです。URLというのは著作物ではなくて、要するにそれは人のところへ飛んで行くための道具でしかない。ですから、一般的にリンクを張るということは、人に無断でやったとしても、それは礼儀に反するかもしれませんが、著作権侵害とは言えない。

 でも、問題あるリンクの張り方というのはある。その次に書いてある「フレーム内リンク」というものがあります。これは、自分のホームページがあって、そこの中に人のホームページを持ってくる。そうなると、外側のフレームは自分のところのものですから、アクセスした人にとっては、元のページから何も変わっていないのではないか。そこに人のものが入ってきているということになると、これは単に人のところへ飛んでいったというだけではなくて、人のものと自分のものを言わば合わせて、自分の中に人のものを取り込んだ。先ほどの引用の一つのインターネット的な形態になるのかもしれません。

 このような形というのは、場合によっては問題となる。どのような問題になるかというと、これば別紙にはないのですが「翻案権」があります。どういうことかと言うと、「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する」。これが「翻案権」で、著作権法の27条です。要するに、このような格好でリンクを張るということは、もともとあった人のページを自分の中に取り込んでしまうという意味において、人のページを変えているわけです。

 それから、例えば著作権法19条1項は「氏名表示権」というものがあり、次の著作権法20条1項は「同一性保持権」があります。これと前のページにある「公表権」。この三つが、「著作者人格権」と言われています。「著作者人格権」というものと「著作権」というものは別です。ここでいう「同一性保持権」と先ほど言った「翻案権」というものは対応するものですが、権利者は違っています。「翻案権」は著作権者、要するに「著作権」を持っている人が持っている権利です。これに対して、ここで今言いました三つの「著作者人格権」というものは、実際に著作物をつくった人が持っている権利で、そこに違いがあるのです。

 一緒ではないかと思うかもしれませんが、「著作権」というのは譲渡できるのです。「著作者人格権」というのは譲渡できなくて、元の人のところに残っているわけです。さらに言えば、「著作者人格権」はそれを放棄するとか行使しないとか、そのような合意というものもだめだろうと言われています。これは非常に大事なことです。要するに、原作者がそのような権利を、契約上どう言おうが、持ち続けている。その人の許諾を得なければ、そこで変えられないという権利というものがあるのです。

 ですから、いろいろ著作権の譲渡を受けた場合などは、元の権利者、だれがつくったのか。その人の、ここで言う「同一性保持権」を侵害していないかということは、やはり注意する必要があります。これは、インターネットとはあまり関係ありません。

 次に、リンクの関係で「深層リンク(Deep Link)」というものがあります。これがどのようなものかというと、インターネットのホームページというのは、通常トップページがあり、いろいろな格好がありますがそこからどんどん下のページを見ていくことができる。最初のほうに目次のようなものが載っている場合もあります。とにかく、1枚のページですべて終わってしまうホームページというのはめったにありません。普通は、それ以降の下のページにどんどん下りていけるわけです。これは下層ディレクトリと言うらしいです。

 その下層ディレクトリ、下のほうのページに直接リンクを張ることがいいのか。これはアメリカに判例があります。「チケットマスターコープ VS チケットコムインク」というものらしいですが、カリフォルニア州中央地区の連邦地方裁判所の判決です。この場合には、このようなディープリンクについては、ことさらそのページの出所を偽ったり、自己のページであるかのごとく装ったりしない限りよろしい、という結論が出たそうです。

 これはどういうケースかというと、チケットをオンラインで買うという、両方ともそのようなサービスのページを持っていた。一方のほうが自分が買えないチケット、他方がエクスクルーシブに権利を持っているというチケットがあって、それをトータルに提供するためには、要するに人のページに飛んで行かなければならない。飛んで行ってチケットを売るという、つまり相手の下層のディレクトリにあったのを自分のほうに取り込んだ。

 一応リンクを張ることはいいとしても、問題となるのは、この判例ではそこら辺まで議論していなかったのですが、例えばリンクを張られたほうのホームページのトップページに、よくあるバナー広告とかの広告が載っていて、その広告をすっ飛ばして下のほうに行かれると困るということがあり得るわけです。要するに、そのページをつくった人としては、当然最初にトップページに来てその広告を見てくれて、それからだんだん下りていく。下のほうにはいろいろいいものが詰まっているけれども、先にそこに行かれて広告をすっ飛ばされたら、自分としては広告収入がなくなるとか、経済的な損害を受ける可能性もある。

 そうなるとこれは、不法行為の問題になり得るわけです。人が本来得られたはずの収入を自分のほうのページから直接、人の下層のディレクトリに飛んで行くことによって、人の広告収入を奪うということになると、これは不法行為になりかねない。そういうことで、アメリカの判例はともかくとして、今後日本でこのようなことが起きた場合には、そのようなことまでも考えないと、危ないということになると思います。

 次に、電子商取引です。これは、最近は非常にいろいろなところで行われていて、たいへん関心を集めていることだと思います。そもそも最初にこれが日本で宣言されたのは、いわゆるIT基本法というもので、2000年11月29日にできました。この法律というのは正式には、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法というらしいです。この中の19条に、電子商取引の促進のために規制の見直し、新たな準則の整備、知的財産権の適正な保護及び利用、消費者の保護等にかかる必要な措置が図られることということが宣言されました。

 これに基づいてというか、その前からも当然やっていたわけですが、いろいろな法律が今できています。商取引に限らないですが、例えば1997年には不正アクセス禁止法、99年には通信傍受法、やはり99年に住民基本台帳法の改正がありました。これはみんな、要するにネットワーク化していくというこです。同じく99年に電気通信回線による登記情報の提供に関する法律。登記もどんどんそのようになってきた。2000年4月には、商業登記法の改正。これも法務省による商業登記の電子認証制度というものがつくられました。それから、2000年4月には公証人法が改正。これもやはり電子公証ということができる。同じく2000年4月、民法の施行法が改正になりました。これもやはり電子公証に関するものです。2000年5月には、著作権法の改正があり、これは視聴覚障害者のネット利用についてです。同じく2000年5月、電子署名及び認証業務に関する法律。このように、立て続けに新しい法律がつくられています。

 そこで今回の電子商取引に関して、まずここで気を付けなければならないのは、ここに書いてありますように、「訪問販売法」というものがあります。これがいま現在はまだ「訪問販売法」なのですが、今年の6月1日から「特定商取引に関する法律」というように名前が変わり、その内容も変わってきます。

 もともと訪問販売というものを主として扱っていたというか、対象としていた法律なのですが、いろいろな形の取り引きというものが増えてきて、「訪問販売法」というものがタイトルとして適切ではないということになり、まずタイトルから変えるということになったようです。

 これが電子商取引、eコマースにどのように関係するかと言いますと、この法律には通信販売という言葉が出てきます。インターネットでの商取引というのは、ここでの通信販売の中に入ります。インターネットも含めて、一般的に通信販売というのは、実際にお客さんが商品を手に取って確かめて、これはいいものだから買おうということはなかなかできないわけです。インターネットで言えば、そのようなページの写真を見て、またそこに説明があればその説明を見て、それでもういいやということでクリックして買ってしまう。このようなことが行われるわけです。

 そうなりますと、そこでどれだけ丁寧な説明があるかということが非常に消費者にとっては大事なことになります。したがってこの訪問販売法、6月以降は特定商取引法ですが、これは広告について非常に厳格な規定を置いています。一定の事項の広告というものを必ずそのページに載せなければならないか、または別途カタログを置くということが必要になってきます。さらに誇大広告が禁止されるということがあります。

 誇大広告については、罰則があります。このように決められた事項を表示しなかったということについてはなぜか罰則はないのですが、それをしなければ主務大臣のほうから必要な措置を取ることの指示や、業務の停止の命令が来る。それに従わないと、本当に罰則が来る。

 具体的にどのようなことを書かなければならないか。訪問販売法とそれを受けている経済産業省令に書かれているのですが、これが11項目あります。まず商品等の販売価格。これは当然です。送料についてもそれが含まれるか含まれないか、書く必要がある。2番目に、商品代金の支払いの時期および方法。どのような格好でお金を払うか。商品等の引き渡し時期が三つ目。四つ目は、商品等の引き渡し後の引き取りまたは返還についての特約に関する事項。これはなければないでいいのです。5番目は、販売業者の氏名または名称、住所および電話番号。6番目は、販売業者の代表者または通信販売に関する業務の責任者の氏名。7番目は、申し込みに有効期限があるときはその時期。8番目は、商品等以外に購入者が負担すべき金額があるときはその内容およびその額。9番目は、商品に隠れた瑕疵(かし)、傷がある場合には、販売業者の責任について何か定めがあればそれを書く。責任がないとかいうときには書かなければいけない。10番目は、商品の販売数量の制限などの特別な販売条件があるときには、その内容。最後に、消費者のほうが請求すればカタログなどを別送する場合、それが有料である場合にはその金額。このようなことを全部、ページに書いていなければならないのです。

 もっとも、このようなことを書いたカタログを別途送りますということであれば、それはそれでいいということなのです。したがって、インターネットでの取り引きというのは、それだけこの法律の適用にならない普通の取り引きに比べて、厳格に行わなければならないということがあります。

 今回これは6月1日で改正になるわけですが、改正というものは具体的に何であるか。法律の省令の文章を読みますと、顧客の意に反して売買契約もしくは役務提供申し込みをさせる行為と、そのような行為について大臣のほうから、違法状態または不当な状態を改善するような指示が出せる。では顧客の意に反して売買契約もしくは役務提供申し込みをさせようとする行為というのは一体何か。インターネットの場合は何か。

 これは省令がまだできていないようですが、たぶんそれに盛り込まれる内容としては、例えばあるホームページのあるボタンをクリックすれば、有料の申し込みになってしまう。しかしそれがわからない、または容易にわからないような格好でクリックしてしまうような、そのような表示方法というのはまずい。または、申し込みをする際に、消費者が申し込み内容を確認して訂正できるようにしていないといけない。これもやはり、1回クリックして「これでいいですね」というようなものが出てくればいいのですが、そうではなくて1回クリックしたらそのまま行ってしまうというようなものはまずい。

 やはりこのようなeコマースというのは、うちにいてできるという意味において、非常に安易にできてしまうわけです。そこら辺で法律のほうから、消費者を保護するためにどうしたらいいかということで、いろいろと考えられているということが言えると思います。

 次に「強行法規、準拠法及び裁判管轄」です。これが皆さんあまり、どうも意識していないと思うのです。eコマースの特徴というのは、要するに全世界が相手である。ですから自分のサーバーがどこにあろうと、日本国内にあって日本語でページをつくって、それでどこか近くにいる人から注文が来ればいいと思っているようなページであっても、突然地球の裏側から注文が来る可能性はあるわけです。今、世界中に日本語ができる人というのはたくさんいますから、日本語であるから日本からしか注文が来ないというのは、やはり間違いだと思います。

 インターネットにそのようなページを設ける以上、全世界がお客さんである。どこから注文が来るかわからんというのが実態です。商売上はそれは結構な話かもしれませんが、法律上は非常にリスキーなことです。要するに世界の法律が、すべて関係してくるわけです。あるページを開設したとたんに、突然インターナショナルな商取引をやることになるのです。

 では具体的に何が問題になるのか。いま、日本の訪問販売法ということを話ししたわけですが、外国にも、当然同じような法律があってしかるべきです。そうなりますと、例えば日本の訪問販売法は、広告についてこれだけの規定をしていて、それを満足したからこれで全世界どこでも通用するかというと、そうではない。もっと厳しい法律がある国は、当然あり得るわけです。そのような国においても、自分のホームページというのは、その国の人がクリックすればすぐ見える。これは日本のものだから関係ないというわけにはいかないわけで、その国からでも注文できるわけです。そうなると、その国の訪問販売法というものが適用になる可能性はあります。

 そのように適用になる法律というのは、ほかにもいろいろあるわけです。いわゆる強行法というものがあります。当事者がどう約束しようが、適用されてしまう法律というものがあります。例えば、反トラスト法、日本で言う独禁法です。これは、域外適用とか、いろいろそのような問題もありますけれども、インターネットの場合には、それが外国での取り引きと言われる可能性はあるので、反トラスト法というのは可能性があります。

 不正競争防止法というようなもの。これはやはり適用がある可能性があります。また、eコマースの場合はあまり関係ないかもしれませんが、労働法などは、その国の域内においては強行法です。ですからそのように、われわれが外国に行かなければ関係ないと思われるような法律が、eコマースのホームページを開いたとたんに、自分にかかわってきて、突然その国の法律違反で、極端なことを言えばその国に入国したとたんに逮捕されるということが、あるかもしれません。そこまですごい取り引きをすればいいのかもしれませんが。

 ですから、今のeコマースの日本でのページを見ていると、あまりそれが意識されていないのではないか。その怖さというものが、あまりわかっておられないような気がするのです。現実に、そこまでやってくる相手というのは、まだあまりいないのかもしれません。しかしいつかそれは来ると思います。

 では、それに対してどのようにして防御するか。一番いいのは、日本国内にいる人からしか注文を受けませんというようにしておけば、まず外国でページを見ることができて、欲しいと思う人がいたとしても、「日本国内にいなければ買えません」ということにしておけば、それはそれでたぶんセーフです。しかし、なかなか日本国内にいるかどうかという確認もまた難しいです。一応、宣言するにとどまると思います。こちら側は、「日本国内にいる方だけからしか受けません」と言っておくことによって、あと何か問題があった場合には、こちらのほうとしてはそれだけちゃんと注意してやっているのだということが言えるかと思います。

 そのような過剰な注意をする必要はない、外国から注文が来ればそれに越したことはない、それに伴うリスクというものは起きたら起きたで、という考えももちろんあるわけです。ではその場合に、どうやって自分自身を守ることができるか。まず、ここで問題が起きるということは、例えば外国の人が商品を注文して、その商品に例えば欠陥があってということになった場合にどういう問題が起きるか。これは国際取引の問題なのです。

 国際取引というのは、日本の国内取引とは違って、まずどこの国の法律が適用になるかわからない。つまり、日本で当然日本人同士であれば、製品に瑕疵があった場合には民法の瑕疵担保の問題であるというような話になるのですが、これが例えばアメリカの人にものを売ったという場合に、アメリカの法律が適用になるかもしれない。ではアメリカのどこの州の法律が適用になるのか。場合によっては、これはPLの問題になるかもしれない。ひょっとするとアメリカの裁判所に呼び出されるかもしれない。いろいろなことがあり得るわけです。

 そのようなときに何をしたらいいのか。やはり日本人である以上、日本法のほうがわかりやすいということで、外国の人がそれを買った場合にも日本法がこの取り引きには適用になります。それを約束してもらうということが一つあります。もう一つには、外国の裁判所に呼び出されるのはいやだということであれば、この取り引きについて何か問題があった場合には、日本の例えば東京地裁でやります。これは専属管轄と言いますけれども、相手が自分のところで訴えようと思っても、それはそのような約束があればその外国の裁判所では受けてくれないということが、国際的なルールとして一応できています。そのような約束ができれば、相手に文句がある場合には東京地方裁判所に訴えを起こし、日本法のもとに判断されるということが一応確保できる。

 それをするためにどのような仕組みにするか。そのホームページにその旨を表明する。こちらが、とにかくこのページに関する取り引きはすべて日本法に基づき、日本の裁判所でやりますということを言っただけでは済まないのです。やはり向こうが、つまり買う人がそれに同意をしているという行為がどこかで必要です。そうなりますと、やはりそれを読んで、さらに「OK」というものをどこかでクリックしてもらわなければならない。そのような仕組みを一つつくって、そこで契約ができたという格好にしないといけないと思います。

 ただここまでしても、例えば、先ほど言いました強行法の中には、PL法のような避けようとしても避けられないものがあります。アメリカのPL法などは非常にきついです。さらに管轄というものを向こうは広く認めますので、このようなeコマースのような格好でアメリカに売った。それが欠陥商品であり、それがいわゆるPLに言うその商品自体ではなく、それを越えて被害が発生したというような事態には、アメリカの裁判所に管轄が認められて、アメリカのPL法で裁かれるという可能性はあると思います。ですから、そのような意味で結構怖いことをやるわけです。

 eコマースというのはとにかく始まったばかりです。このような格好で取り引きがこれだけ行われるようになるということは、だれもが想像していたスピードを越えて行われている。それに法律が追いついていっていないのです。

 法律というのは、当然のことながら、国が違うように法律も違う。国際間の取り引きというのは、国際間の取り引きに慣れた人がやるというのが今までの常識であった。そのような人たちというのは、どのような問題が起きるかということをあらかじめ予想して、それに対して対応する。またはリスクが発生することをすべて見込んで、いろいろな商売を行うということをやっていたと思うのですが、突然、どこのだれでも自分の持っているものを売りますよというようなことが言えるようになってしまった。その売り先というのが、町内の人ではなくて、突然地球の反対側から注文が来るというような事態になってきた。このような事態というのは、やはり非常に革命的なことであり、その革命的なことに法律という非常に、今までの地理的な限定によって画されてきた規制というものが追いついていかなくなっている。ですから非常にいろいろな問題があり得るわけです。

 次に「商標」というものが、一番すぐ問題になり得る話なのです。商標というのは何であるか。皆さんは当然、商標という言葉はおわかりだと思いますし、概念というものは一般的だと思うのですが、商標というのは属地的なものなのです。つまり、商標というのは日本で必要にして、日本で登録されれば、日本でそのように通用しますけれども、それが商標としてほかの国で通用するかというと、それはそうではない。ほかの国に行って改めてそれは出願しなければ、その効力はないわけです。

 では商標というのは一体何であるか。簡単に言えば、「商標」と「サービスマーク」の二つ、日本法上はあるわけです。商標というのは、ものに付けるわけです。何でもいいですけれども、ヴィトンなら「Louis Vuitton」というものが付いている。これが「商標」です。サービスをするときに使う名前というものがありまして、それはサービス業である銀行ですとか何とか、そういうものが使うのが「サービスマーク」です。そのような二つの種類があります。

 それがどのように保護されるか。商標、ものに付くほうを考えてみますと、商品分類というものがあります。商品が36くらいに分類されていまして、このようなタイプの商品という格好でリストがあります。商標法に付属のものがあります。その類について、例えばヴィトンというものをかばんに付けたいということで、特許庁に出願する。そうすると、これはすでに登録されているからだめだと言われると思います。そのように商品のある類、グループのものに登録します。それが違う類であれば、それはそれで両方併存することはできるわけです。もっとも、あまり有名になりますと、ほかの類においても不正競争の問題というものはあり得ます。とにかく、各国でそのような格好で商標ないしはサービスマークというものが保護されています。

 では、日本で自分でこれからこの商品を「○○」というマークで売り出したいと言って、それを例えばインターネットのホームページで宣伝をします。そうすると「○○」というものがアルファベットで書いてあった場合には、アルファベットを使う国の人たちが見ればわかるわけです。わかって、たまたま地球の反対側の国で、この商標というのはすでにその商品分類で登録されていて、それでそのような権利が確保されていたとすると、そのような商品の宣伝を仮に日本のだれかが日本のサーバーから送ったとしても、その国において宣伝が行われたということになるわけです。宣伝をするということは、これは商標の使用の一態様です。したがって、地球の反対側で登録されている商標の侵害ということがあり得るわけです。商標侵害で、突然地球の反対側から訴えられるということが、いま現在ないとは言えない。

 そうなると、商標というのは国ごとにみんな違うわけですから、全世界の商標を調べて、これから自分が使う「○○」というのはどこでも、この特定の商品には使われていないということを確かめる。本当に慎重な人はそうしなければならないということになるのですが、それはあまりにも非現実的なわけです。それをやったら、とてもではないが、インターネットを通じての取り引きということは、もう考えられないということになるわけです。

 そこで、やはり皆さん考えておりまして、これは日経新聞の今年の4月29日の朝刊に載っていたのですが、「WIPO」、世界知的所有権機構というものがあります。ここが商標の問題を解決するために、インターネットにおける商標を巡る紛争をどのようにして解決するか、そういう指針を固めて、9月のWIPOの年次総会で加盟国への勧告として決定するということを決めたらしい。勧告をするということを決めた段階ですから、まだ何の法的な効果もないわけです。勧告されて、それをそれぞれの国が持ち帰って、自分の国の国会にかけて、初めて法律ができて、それでルールができるわけです。ですからそれまでは、全くノールールの状態が今のところは続いているのです。

 どのようなルールができるか。それによりますと、いま言ったような、広告が即商標権侵害になるというような事態は、当然避けたいわけです。ではどのようなときに、商標権の侵害になるかと言うと、まず地球の反対側にいる商標権を登録した人が、インターネットで日本からのホームページを見て、自分と同じ商品に同じ名前を付けて売ろうとしているやつがいるということに気が付きました。気が付いた段階で、出そうとしている日本の当事者に「おまえは自分の権利を侵害しているぞ」と通知をする必要がある。このように通知した段階で、初めて権利侵害ということが言える。日本の当事者も通知を受けて、初めてやばいことをしたということがわかるわけです。

 そこで、ではどうするかという話です。ここで、通知をしたから即、例えばそれまでにその商標を使って日本国内でいろいろなことをやっていた場合にそれをやめろというようなことは、もちろんできないわけです。実際にその商標を付けたものをその国に販売したらやはりまずいのでしょうが、とりあえずWIPOが言っているのは、そのサイトは、たまたまそのような商標侵害があったとされる地球の反対側の国以外でも見ることができるわけです。たまたまその商標侵害があった国に別な商標を表示してそこの国だけに送るということはできないわけで、要するにどこからでも見えるのです。そうなりますと、それ自体、例えばサイト上での商標の使用をやめるということになると、全世界的にその商標を日本の当事者は変えなければならない。またはそのサイト自体をやめるということになってしまいます。これはやはりやりすぎだろうと、WIPOは考えています。

 WIPOが考えている対応策としては、例えば地球の反対側の国では権利が確保されているので、そこの国に売り込むことはできない。ではそのようなことをサイト上書けばいいだろう。つまり、特定な国の消費者には残念ながらこの商品はお売りできませんということを、ホームページで書く。通知を受けてからそう書くわけです。それで何とか許してくれと言いますか、これ以上のものは求めないということが、一応ここで言う、世界知的所有権機関の勧告の内容になるだろうと言われています。

 このように、今まで予想もしなかったような事態というものが、非常に簡単な行為によって、突然世界的に影響が及ぶようなことが起きる世の中になってきた。それに対して法律というものは、今まで一国内のことのみを考えてきたわけです。そのような一国内に対応できるような法律というものがそれぞれの国にあるわけですから、それぞれの国の法律が、一つのホームページというものに対していろいろなことを言ってくる可能性がある。

 そういう意味では、法律というものが世界的に融合していくと言うか、何らかの意味で同じような対応というものが必要になってくる。例えば一つのホームページに対して、法律が違う対応をしてきた場合にはそのホームページを出した人はとても対応できません。そうなるとやはり法律のほうが、変わっていくしかないような世の中に今後はなっていくのではないか。そのような気がいたします。

 とりあえず、一応用意したのはそのような内容です。質問が確かあったと思います。これはよくあり得ることなのですが、会社でインターネットをやっている。当然会社の経営者としては、パソコンは会社が買ったものであってソフトも会社が買ったものであるから当然業務にのみ使うということを考えているわけですが、なかなか従業員というのはそれだけでは飽きてしまう。時には自分で好きなインターネットのページを見たい。または関係ない人にメールを送りたいとか、そのようなことがあるわけです。そのようにできない仕組みになっていれば別ですけれども、そのような規制がないようなシステムであれば、従業員がそのようなことをやるということは、少なくとも普通に見ている限りにおいてはなかなかわからないわけです。ではそのようなことをシステムとしてではなくて、しているかいないかということをチェックすることができるか。そもそも従業員にそのようなことを禁止して、それを守らなかった場合にチェックして、それで何か問題があった場合にはさらに制裁するというような順番になっていくと思います。そのようなことができるかどうかということが問題になります。

 これはあまり判例というものはありません。結論がまだ出ていない分野だと思います。いろいろ意見はあります。まず、会社側としてできることとしては、就業規則というものがあります。就業規則は会社と社員との約束です。就業規則を採択する場合に、従業員の過半数の同意があったということを一応やりますので、勝手にやってしまう場合もありますが、そういうことで一応法的な拘束力を持つものだと考えてもいいと思います。その中に、まずパソコンを私的に使用してはならないということは入れられます。さらに、このような私的な使用をチェックするために会社としては何らかの方法でそれを閲覧できる。ログを見るということになると思います。そのようなことを書くことは、まずできると思います。それがないと、突然そのようなことを調べるのは難しいのではないかと思います。

 ではそのような就業規則の規定があれば、あとは自由にどの従業員のパソコンを調べて、どのような通信をしたか、どのようなインターネットのページを見たかということを全部調べることができるかというと、これは会社側にとってちょっと危ないと思います。そこをやると、先ほど言ったようなプライバシーの侵害ということが当然言われると思います。例えば、インターネットではなくてもっと原始的なものでみると、会社の便せんを使ってラブレターを書いて会社の封筒を使って出そうとして机の上に置いておいた。ではその封を切って中を見ていいかというと、これはちょっと問題だと、一般に思われると思います。会社の持ち物であれば、それは全部会社が見ていいというのは、ちょっと危ない議論になり得ます。

 ただそれをやっていいと言っている人もいます。とにかく会社のパソコンは業務用にしか使わない。業務用にしか使わないということは、業務用の文書しかそこには入っていないはずだ。業務用の文書については、会社が監督して、それをチェックする権限がある。したがって、そこに私物が入っているなどというようなことはおよそ考えずに、内容をチェックすることができるのだという人もいます。しかし突然そこにまずいものが出てきた場合に、果たしてどう対応するかということは、結構難しいことになると思います。

 そういう意味で、検閲のようなことをするときには、やはりよほど慎重にされたほうがいいと思います。ただそれが本当に気になるということであれば、やはり就業規則で、その旨きちっと定めて、それでいざというときにはそのような手段を取れるということで対応して、できればそれを実際にやるのは、よほど慎重に考えたほうがいいという気がいたします。

 とりあえずそこら辺まででしょうか。まだいろいろとお話ししたいことがあるのですが、質問がもしあれば、お受けします。

 司会 よろしいでしょうか。今回人数確認のために、それぞれの出席の名前を書いていただいた紙があったと思います。その中でいくつか質問をされた方がいらっしゃったと思います。一応本部のほうで集計をしましたが、いま一つ、質問の趣旨がわからないもの等がありましたので、書かれた人も書かれていない人も質問がありましたら、併せてもう1度この場で手を挙げて質問していただくようにしていただきたいのですが。

 ご質問がある方、また今回の講演内容に直接関係なくても、こういった分野に関する質問であれば結構だと思いますので、ご遠慮なさらずよろしくお願いいたします。ではご質問がある方、挙手をお願いします。

 質問1 国際放送局ニュース部のマエダと申します。引用と著作権侵害に関する部分で、私どものほうでいわゆるインターネットラジオが鳴るページをつくっているのですが、以前から何件かあったのですが、ラジオに関するページとかテレビに関するホームページをつくっていらっしゃる方で、音声データに直接リンクを張ってしまって、自分のホームページにNHKのラジオが鳴るというようなものをつくってしまう人がいるのです。

 さっきのフレーム内リンクに近い話だと思うのですが、法律上どのような点を指摘して抗議をしたらいいのか、そういった辺りをお伺いしたいのですが。

 乗杉 なるほど。まさにフレーム内リンクと同じような理屈になってくると思います。要するに自分のページにそれが付加されていると言いますか、一体となってそのような音声データが流れるという話になりますね。実際に私が見て、聞いてみないとわからないのですが、当然その音声のデータというのは著作物として保護されるべきものであって、本来の場所というかURLで聞けるというのであれば、それは普通のリンクとしていいと思います。しかし先ほどのフレーム内リンクと同じように、それがどのような格好でやっているのかちょっとわかりませんけれども、少なくとも移動がなかったかのようにして、音声データだけがそこに付け加えられたというようなことになると、それはそこで翻案とかそういうもののほかに、複製ということも考えられると思います。それによって、著作権か隣接権が侵害されているということは言えると思います。ちょっと具体的にそれを見てみないと、どのような格好でやっているのかわかりませんけれども。

 質問1 ちょっと補足いたします。そのページでは、BBC、NHK、ABCなどのラジオのラグファイルという中間ファイルにリンクを張っていまして、データそのものはそれぞれの放送局のサイトから流れてくるのです。コピーではないのです。ただその音声データを引っ張るに当たって、ボタンになるようなファイルがありまして、それに対してリンクを張るということなのです。ですからそのページに行きますと、NHKのページとかBBCのページに行かずに済むのです。そこですべての音声がそれぞれの放送局のホームサーバーから流れてきてしまうというもので、利用者からみると大変便利なページになってしまうということでございます。

 乗杉 なるほどね。それは対象が音声であるということで、先ほど言ったフレーム内リンクとはちょっと違うように一見見えますが、人の著作物を自分の著作物の中に取り込んでいるということは言えると思います。それが一体となって、自分の著作物の一部になっている。それが引用で許されるかというと、まずこれは引用する必然性はあまりないですね。むしろ引用対象のほうを売り物にしているというような話になれば、どのような法律構成ができるかちょっともう少し考えてみないとわかりませんが、複製ではありませんね。

 ちょっとそういう場合は、法律構成は難しいです。すごく大雑把に言うと、不法行為にはなると思います。要するに人の権利侵害をしている。不法行為というのはすごく大雑把な概念と言いますか、何でも入ってきてしまいます。要するに人の財産を利用して、それでもうけているのかどうかわかりませんけれども、そのようなクレームというものがまず立ちます。著作権侵害がどこの権利を侵害しているかというのは、もう少し考えてみないとわかりませんが、当然問題になる行為だとは思います。

 司会 ほかに質問がある方、挙手をお願いいたします。

 質問2 放送文化研究所のヨコヤマと申します。おととしになるかと思うのですが、有名な東芝クレーマー事件というのがございました。あれのだいぶあとになってから僕は気が付いて調べたところ、あのときの「あんたみたいな人をクレーマーと言うんだよ」という録音がインターネットに載っているというものを調べ出しまして、それを聞いたことがあるのです。最近確認していませんが、まだどこかに残っているのではないかと思います。ああいうものをつくった当の人物というのは、何か集中攻撃にあってそのサイトを閉じてしまったということで、それに変わる人が何らかの目的でどこか別のところにその録音を保存しておいて、今でも聞けるようになっているということだと思うのですが、これは例えば、東芝サイドから見たら非常に困った話だろうと思います。そのようなことに対して、例えば東芝サイドから、それを法的に、ああいうものは困るというように言うことはできるものなのかどうなのか、そこら辺についてお考えを伺いたいと思います。

 乗杉 その録音自体が、録音したのはクレーマーの人なわけですよね。東芝ではないわけで、東芝は録音についてどういう権利を持っているかというと、それはちょっと難しい。音声自体というのは著作物ではないわけで、それが著作物性を持つほどの内容までには至っていないとなると、実際発言した人とか東芝が、それについて、それは自分の著作権の対象であるからやめろということは、ちょっと難しいのではないかという気がします。

 そうであればどのような方法でできるかというと、まずそのようなものを流されること自体が当然迷惑なわけであって、迷惑だということは何らかの自分の権利がそこで侵害され、損害を受けでるということに結び付くと思います。クレーマー自体に対しても、東芝は仮処分やら何か申し立てたわけですが、途中で取り下げてしまったわけですね。あれは、ああいうクレームのホームページを維持することが東芝にとっての権利侵害であるということをあそこで言いたくて、そのために仮処分の申し立てをしたところ、今度はかえって逆の反響を呼んで、やむを得ず仮処分は取り下げたのだと思います。

 そうなると、当然東芝としてはそのような内容を流されるということが、自分にとっての不当な攻撃であって、それによって自分の権利が害されるということがあったと思うので、それがコピーされてどこかほかのところで流されていても、全く同じことなのです。さらに言えば、流している人間というのは何らそれを流すことについて正当な利益を有していない。前のクレーマーというのは、まだ自分が当事者であったので、それは自分の権利を守るためというか、一対一の攻防の中でそのようなことをやったと思うのですが、いま現在それをコピーしてそれをどこかで維持しているという人は、それは全くの興味本位であって、その人がそれを維持する理由というのは何もないのです。その人の権利の保護の度合いというものが当然違ってきて、東芝とそのクレーマーとの間であれば、東芝の仮処分が認められたかどうかというのはわかりませんけれども、今回の場合ですと、より強く東芝はそのようなことを申し立てれば、それは自分の権利侵害、自分に損害が及んでいるということによってその削除を求めるということができると思います。だれがやっているかがちゃんとわかればね。

 たまたまそのような話になったので、あれは何かクレームを言うというのはだれでも簡単にできて、攻撃というものがだれにでも可能になったと錯覚されるようになってしまったわけですが、そう簡単ではなくて、つい最近の4月25日のこれもやはり日経ですけれども、住友海上火災を告発するホームページというものをある人が開きました。これに対して、住友海上火災が公開差し止めを求めた仮処分申請をしまして、東京地裁は会社の主張を認めて、公開を禁じる決定を出した。

 その内容を見ると、このホームページを出した人間というのが、前にもそのようなことをやったらしいのです。それに対応してプロバイダーがホームページを削除したところ、この人は別のプロバイダーを使って再度公開した。このようなことがあるので、今度の決定は、プロバイダーを特定せずに公開を禁じており、こうした包括的な禁止に踏み切ったということが今回の特徴である。

 このように裁判所も、クレーマーというものがそれほど保護されるものとは考えていないわけです。特にクレーマーというのは被害を受けたという人の話だと思うのですが、被害も何も受けていないのに面白半分にそのようなことをやるというのは、なおさら許されない不法行為になると思います。

 司会 よろしかったでしょうか。もう少々お時間ありますので、何かほかにございましたら、あと一つ最後の質問ということでお受けしたいと思いますが。質問がありましたらという紙を回収したときに、書かれた方が中にいらっしゃいましたらよろしければ質問していただければと思いますが。

 では、質問がないようですのでこれで、一応これで質疑応答の時間を終わらせていただきます。先生のほうで何かお話はございますか。

 では、これを持ちまして第37回「放送法務研究会」を終わらせていただきたいと思います。長時間、先生ありがとうございました。(拍手)