少数意見

«前の日(03-15) 最新 次の日(03-17)» 追記

2002-03-16 無期懲役

_ 山口県光市で1999年4月、主婦と11ヶ月の長女が殺害された事件で広島高裁は一審の無期懲役の判決を支持し検察側控訴を棄却した。この判決の中で裁判所は「事前に周到に計画された殺害行為に比して、責任非難の程度はおのずから違う」と述べたそうである。これは従来から裁判所がとっている立場だが納得できない。

_ ちなみに無期懲役は一生刑務所に入っているわけではなく、10年(少年の場合は7年)で仮出獄が可能である。

_ 完全犯罪をねらって綿密な計画を立て2人を殺害した場合と衝動的に2人を殺害した場合とどちらが悪いか。何年か後に犯人が巷に戻ってきたとき社会にとってどちらが危険かといえば明らかに後者であろう。計画的な犯罪はそれに適した状況が必要だが、衝動的犯罪はどこでも起こる。たとえば保険金殺人は、それが可能な信頼関係を他人との間に築く必要があるが、強盗殺人は金を持っている人がいればどこでもいつでも出来る。

_ 矯正可能性にしても、計画的犯罪を犯す人間はそれなりの知性を有していて学習する能力もあるだろう。すでに犯罪が割に合わないことを学んでいるかもしれない。それに反し、衝動的犯罪者は学習能力が十分にあるか疑問だし、そもそもその衝動が遺伝子レベルの問題であれば矯正は不可能だろう。

_ 光市の事件の犯人の場合心配なのは、彼が何年か後に野に放たれたとき、自分を非難しつづけマスコミにも頻繁に登場した被害者の夫を狙うのではないかということだ。そのような事態が発生したとき裁判官はどうやって責任を取るのだろうか。

_ 取締役が経営判断を誤り会社をつぶした場合には法的、社会的に責任を取らされる。無期になった殺人者が出所し再び殺人を犯した場合、その結果につき裁判官は一切責任がないのか。法的な責任追及は難しいとしても、マスコミは無期の判断を下した裁判官の氏名を公表すべきではないか。


2005-03-16 現実と虚構

_ 昨日書いた話を基に、なぜ虚構が現実より感動的になりうるかについて考えてみよう。

_ 「プロジェクトX」が描写した現実は、善意に満ちた教師が不良高校生を涙の力で更正させ、ラグビーの強豪校を育て上げたという美談だ。私のようなひねくれた者は、素直に感動できず、表面の話はいいから本当の所はどうなんだ、と問いたくなる。その教師の本当に欲しかったのは何か、金か、名誉か。仮にそうでなくて、その教師が実際に私心のない善意にあふれた人だったとしても、それがなんだと思ってしまう。私にとっては、そのような完璧な人間は気持ちが悪く、友達にはなりたくない。屈折していない人間には興味がもてない。

_ 「富豪刑事」の場合はどうか。鎌倉警部がラグビー部のコーチになった理由は明確だ。コーチ襲撃事件の犯人を探すためだ。美和子が高校を作ったのも、不良高校生たちの更正が目的ではなく連中を四六時中監視するためだった。でも、ラグビー部の練習が始まると明かな変化が生じる。鎌倉は昔を思い出したかのように情熱的に指導し始め、美和子理事長もそれを夜遅くまで見守り、大きなヤカンを持って走り回る。不良たちも鎌倉たちの熱意に応える。この変化をもたらしたのは、個々人の力というより、スポーツの神様なのだろう。とまれかくまれ、一つの仕掛として作られた高校ラグビー部は命を吹き込まれ、犯罪捜査とは別な、独自の目的に向って動き出す。

_ 次の場面、焼畑学院高校は焼畑カップの決勝に残っている。犯人がラグビー部員の中にいないことが明らかになって、鎌倉は部員たちを前にして叫ぶ「いいか、俺はこれからお前たちに殴られる」「お前たちは腐った大人になるな!」と。キャプテンの小栗は何のことか状況を把握できず、いわれるままに鎌倉を殴る。このエピソードは「スクールウォーズ」のパロディーらしいが、「富豪刑事」では独自の意味を持つ。鎌倉は殴られることにより部員たちと一体になれたのだ。もっとも、この出来事を影から見ていた部下の刑事鶴岡は「そんな問題じゃないが・・・」とつぶやく。殴られたぐらいで、部員達を騙していた事実がなくなるわけではない、ということだ。情に流されがちなストーリーを客観的に見る眼があるのがこの作者の厳しいところだ。

_ 試合は小栗のペナルティーゴールで焼畑学院の逆転勝利となり、部員たちは歓喜の中で走り寄り、鎌倉を胴上げする。それをうれしそうに見る美和子。このドラマはここで現実とは違う感動を生み出した。それは鎌倉や美和子が作った偽りの世界が、ラグビー部員の汗と涙によって浄化され、輝かしい勝利の瞬間をみなが共有することの感動だ。鎌倉の胴上げは、単に勝利の喜びを表現するものではなく、警察と不良少年という対立する異質な存在が一つになったことをあらわし、その重さは私のようなひねくれた者をも感動させる。

_ 逆説だが、虚構にはウソがないのだ。書かれた脚本には、書かれたことしか載っていない。私は現実に涙することはほとんどないが、虚構には安心して涙を流す。虚構は裏切らない。


2011-03-16 大津波

_ 石原慎太郎が、今回の東日本巨大地震について、日本人の我欲に対する天罰だと言い、批判され、撤回謝罪した。

_ 今回の災害が天罰であるかはさておき、これが天災であることは明らかである。

_ 天災とは、「暴風、地震、落雷、洪水など、自然界の変化によって起こる災害」で、「天」は、「自然」とともに「造物主」、「神」の意味も有する。

_ クリント・イーストウッドの最新作「ヒアアフター」は、スマトラ沖地震による巨大津波のシーンで始まる。昨日の新聞によると、この映画は上映中止になったと。

_ フランス人の女性キャスター、マリーは、東南アジアのリゾート(タイのプーケットか)でこの巨大津波に遭遇し、波にのまれ、漂流物に頭を打たれ、溺れた。しかし、彼女は、奇跡的に救助され、臨死体験をする。彼女は、自分が見た美しい死後の世界につき本を書こうと思う。

_ 今回の津波を見て、改めてクリントの映画における津波の意味について考えた。

_ 何故クリントは臨死体験を描くのに津波を必要としたのか。自動車事故でも病気でも死に瀕し生還することはある。

_ 街で買い物をしていたマリーは、津波が道の向こうから迫ってくるのに気づく。津波は椰子の木を「ボキ、ボキ」とへし折りながらやってくる。それはゆっくり近づいてくるゴジラのようだ。

_ 今回の津波の後の映像で、丘の上で捻じ曲がった鉄塔の列とそこから垂れ下がった電線が印象に残った。映画「ゴジラ」の第一作には、ゴジラが海から上がってきて、海岸線に張られた高圧電線を突破し、鉄塔をなぎ倒すシーンがあった。

_ ゴジラは、日本人にとっての天災(荒ぶる神)を表現したものだとする映画評論を読んだことがある。

_ マリーは、臨死体験で、天国を垣間見る。そのような神秘的な臨死体験を出来させる事象は、神の力を連想させるものである必要がある。

_ クリントは、津波を、圧倒的な力を持った、超越的な存在として描いた。海は意志を持つように動き、人はその前に無力だ。

_ 今回の津波で、多くの人が亡くなり、多くの人が愛する人を失った。突然の死を受け入れることは容易でない。

_ しかし、死はみんなに来る。例外なくやってくる。事故で死ぬことが悲惨だと思う人は多い。しかし、長患いした後の死はもっと悲惨かも知れない。病院で無理に生かされた後の死が幸せだとも思わない。

_ 最初の石原の言葉に戻るが、彼の言う「天罰」は、今回亡くなった人々が天罰を受けたということでは勿論ない。我欲にまみれた日本人が罰を受けたということだ。

_ では、亡くなった人たちの死にはどのような意味があるのか。

_ 「人柱」という言葉がある。ある目的のために(神を鎮めるために)犠牲になる人のことだ。津波が神であるなら、今回犠牲になった人々は神に召された人々だ。彼らの死には意味があり、決して無駄死にではない。

_ その意味を、残されたものは、考え、理解し、忘れることなく生きていかなければならない。

_ 愛する人を失った方に言いたい。愛する人の死はけっして無駄ではない。あるメッセージを我々に伝えるために、特に選ばれて、我々のために死んでいった人たちなのだ。


2001|11|12|
2002|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|
2006|01|02|04|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|03|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|06|07|08|09|10|12|
2010|01|02|03|05|06|07|
2011|01|02|03|04|05|
2013|02|07|
2015|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|07|08|10|11|
2019|01|02|03|04|05|06|09|12|
2020|01|06|10|11|12|
2021|01|02|03|05|06|07|08|09|10|11|12|
2022|01|02|03|04|05|06|07|09|10|11|
2023|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2024|01|02|03|