_ 2004年6月1日 12:15
_ サヤはナオに目配せをして教室を抜け出した。向かうは学習ルーム。
_ 普段使われていない学習ルームには人影はなかったが、給食が終れば誰かが入ってこないとも限らない。
_ 「あと何分?」サヤが聞いた。
_ 「3分」
_ 「この機会を逃すと100年待つんだよね」
_ 「うん。本にはそう書いてあった」
_ 厚いカーテンを締めると学習ルームは真っ暗になった。細い隙間からもれる光が金色の帯になった。
_ 二人は手早く床にチョークで五ぼう星を描き、呪文を唱えた。現れた悪魔は毛の長い小型犬のようで尻尾の代わりに3匹の蛇がついていた。
_ 「えっ!これが悪魔?」
_ 「これよ!私夢で見て絵に描いたんだ」ナオが言った。
_ 「これとはなんだ!」悪魔が怒った。
_ 「ごめんなさい」ナオが謝った。「あなたを夢で見たわ。会えてうれしい」
_ 「わしは忙しいんだから、早く済ませるように」
_ 「願いをかなえてくれるんでしょう?」とサヤ
_ 「その代わりに魂をもらうからね」
_ 「えっ!そんなの知らない!」二人は叫んだ。
_ 「知らない?悪魔がただで願いをかなえるとでも思ったのか。どんな本にも書いてあろうが」
_ 二人は顔を見合わせた。
_ 「タイム。今日はやめよう。二人で考えるから、今度にしましょう。また呼ぶから」とサヤ
_ 悪魔は怒った。
_ 「そんな勝手が許されると思うのか!二人とも魂をもらうぞ」
_ ナオは茫然としていたが、サヤはしたたかだった。
_ 「わかった。わかった。じゃあこうしましょう。まだ私たち小学生だから、少しはサービスしてくれてもいいでしょう。二人の願いが両方ともかなったら、一人の魂をあげるわ。それでどう」
_ じれた悪魔は怒鳴った。「もう忙しいからそれでいい。早く願いを言え」
_ 「作戦タイム!」と言ってサヤはナオを部屋の隅に連れていった。
_ 「分かるでしょう」
_ 「何が?」
_ 「だから、実現しそうもないことを言うのよ」
_ 「私はピュリッツァー賞がほしいわ」とサヤ。サヤはピュリッツァー賞がアメリカ人にしか与えられないことを知っていた。
_ ナオは芥川賞と言おうとして考えた。「やっぱ、ノーベル文学賞!」
_ 悪魔は不快感をあらわにした。「いいだろう。そっちがそれならこっちも条件がある。両方の願いがかなったとき二人はまたこの部屋に戻ってくるのだ。そして一人がもう一人の首を斬ってわしに捧げるのだ」
_ ル・シネマがBUNKAMURAから昔の渋谷東映のビルに移転した。そこで、マギー・チャン レトロスペクティブというのをやっていたので観た。
_ マギー・チャンは、「花様年華」しか観たことがなかったが、とてもよかった。
_ 1996年制作で、1986年から1995年の間の、たまたま中国本土から香港に出稼ぎに来ていた男女の恋愛模様を描く。というと、日本映画だったら想像がつく筋書きを考えるが、良い意味で裏切られる。
_ 返還前の香港には行ったことがあるが、懐かしく思い出す。あの頃の混沌とした香港の社会・生活はもうたぶん帰ってこないのだろう。映画は、失われた世界を、水槽の中かもしれないが、生き生きとよみがえらす。
_ 映画は、脚本も俳優もよかった。