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2003-02-17 たそがれ清兵衛

_ 2002年度キネマ旬報日本映画ベスト・テンで345ポイントを取り圧倒的な差(2位の「刑務所の中」は199ポイント)で1位になった山田洋次監督作品。

_ 幕末の小藩の平侍井口清兵衛は内職をしなければ生活できないほど貧乏で、思いを寄せる親友の妹朋江を嫁にとることも出来ない。そんな清兵衛も昔は有名道場の師範代をしていた剣の達人で、その腕を見込まれて藩から反対派の侍余吾善衛門を討つよう命ぜられる。

_ 力作ではあるが、色々と納得できないところがあった。

_ ・親友さえも清兵衛の剣の腕前を知らないのは不自然だ。後で観客をビックリさせるつもりなのだろうが、ストーリーの真実らしさが失われる。

_ ・剣の能力を使えば貧乏をすることはなかったのではないか。趣味で貧乏をしているように見える。

_ ・なぜ清兵衛は剣の能力を隠していたのか。並外れた能力を持つ人間が正体を隠して生きるには、それなりの理由がなければおかしい。謙虚な人だと言いたいのかもしれないが、過剰な謙虚さはイヤミになる。

_ ・余吾を討ちに行く前、清兵衛は朋江に思いを打ち明けるが、なぜこのタイミングなのか。死ぬことを前提にしているのなら、朋江に哀しみを残すことになる。勝って禄が上がることを期待しての口説きなら打算的だ。いずれにしても男らしくない。

_ ・余吾を討つのに藩は一人づつ討手を差し向ける以外に手段はなかったのか。なぜ多勢で討たないのか。余吾の名誉に配慮した対応に見えるが、そのような説明はなかった。

_ ・藩はなぜ清兵衛を選んだのか。昔師範代をしていたとしても、長いこと剣から離れていた人間を選ばざるを得ないほど人材がなかったのか。

_ ・余吾は、裏山を越えて逃げたいと言い、清兵衛はそれを助けようとした。しかし、本気で逃げるなら討手が来る前に一人で逃げればよかったではないか。見張りもいなかったようだし。

_ ・清兵衛は余吾が斬りかかってきたとき、すぐには小太刀を抜かず説得しようとした。これは剣豪である相手に失礼ではないか。清兵衛というより監督の偽善を感じる。

_ ・清兵衛は余吾の刀が鴨居に刺さったのを見てから胴を払った。これでは素手の人間を斬ったことになる。この場面は「椿三十郎」の三船と仲代の対決のように余吾が刀を振り下ろした瞬間に清兵衛が胴を払えばよかった。そのあと余吾の手が刀を離れるが刀は宙に浮いたままになる。そしてカメラが鴨居に刺さっている刀を捉える。

_ 映像はきれいで真田広之、宮沢りえなどの演技はよかった。問題は脚本だ。この手の話は運命の力を観客に印象付けることが大事だ。多くの選択肢の中から最も苛酷なものを選ばざるを得ないところに悲劇の美がある。山田洋次の脚本にはそのような厳しさがない。

_ 黒澤明のように、優秀な脚本家と共同で批判し合いながら本を書けば上記のよういな欠点は少なくなったろう。そのためには製作会社が脚本に金と時間をかける必要がある。


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