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2008-12-27 飯島愛の孤独死 [長年日記]

_ まだ死因も明らかになっていないので軽軽にはコメントできないが、孤独死であることは確かなようだ。そしてマスコミは孤独死を悲惨なこととして報道している。

_ 孤独死の反対の状態は家族や親しい人に囲まれて息絶えることなのだろうが、本当にそれが幸せか疑問だ。

_ 私は勿論死んだことはないし臨死体験もないので想像でしかないが、人に見られながら死ぬのは嫌だ。

_ まず、死んでいく人とそれを見ている人の間には無限の距離がある。明日がない人の見る世界と明日がある人の見る世界は全然違うのではないか。死んでいく人にとっては、生きていく人は自分に共感することも理解をすることも出来ない存在ではないか。

_ 上記は死んでいくときに周りに人がいようがいまいが関係ないという消極的な孤独死肯定の根拠だ。次はより積極的に周りに人はいない方がいいという話。

_ 例えば肺がんで呼吸が出来なくなって溺れるように死んでいくとしよう。そのとき周りに人がいても誰も助けられない。死んでいく人は必死に呼吸をして死から逃れようとするだけで誰がそこにいようと関係は無く、一人で死と向かい合う。死は誰にとっても孤独な作業なのだ。

_ ではそのような孤独な作業を人に見られたいか。死に直面した人は自分が社会的な存在であることを忘れるに違いない。というかそれどころではない状況。だから体裁もカッコも忘れて髪振り乱して必死に生きようとする。冷静だったらそんなところを人に見られたいか。

_ まあ武士の切腹のような社会的な死、表現行為、の場合は最後の行動として人に見られてもいいのだろう。でもそれは特別な死で、凡人には無理だ。

_ 私も多分凡人としてみっともなく死んでいくのだろう。だったら最後の瞬間は一人でいたい。自分と死との一対一の関係を誰にも邪魔されなく味わいたい。

_ 象が群れから離れて孤独な死を迎えるように。


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