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2007-01-02 硫黄島からの手紙 その2

_ クリントはこの映画で本当のヒーローを描きたかったのだろう。

_ 皮肉なことに、勝者の側からは本当のヒーローは出にくい。「父親たちの星条旗」で擂鉢山に星条旗を立てた連中が偽者でなかったとしても、彼らはやはり「栄光」という毒に侵されて同じように堕落していったのではないか。彼らが言ったように、本当のヒーローは硫黄島で死んでいった者なのだ。

_ 本当のヒーローは次のような条件の下に出現する。

_ ある普通の感覚を持った人(だから中村獅童演じる伊藤中尉は該当しない)が究極の選択を迫られ、苦悩の末、より利己的でない道を選び、それは死に直結する。

_ 「ミリオンダラー・ベイビー」のフランキー(クリント)はそのような状況にあった。

_ 「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」の二部作は反戦映画ではなく、英雄伝である。戦争の悲惨を描こうとするならば、硫黄島戦にはいくつもその材料があった。クリントが描きたかったのは、悲惨の中の栄光だった。栄光の光は闇が暗ければ暗いほど輝きを増す。

_ 渡辺謙は、「(自分の)この役は、クリント自身だな」とひらめく瞬間があった、と言っている(キネマ旬報No.1473)。クリントはたぶん栗林とバロン西に自分自身を写していたのだろう。だから、彼らはクリントに似て日本の軍人としては異常に背が高い。でも、クリントが一番好きだった役は西郷(二宮和也)だったに違いない。西郷は、最初から戦争に意義を認めない徴兵されたパン屋で、妻子のもとに帰ることだけを考えていた。そんな西郷が栗林の人柄に接し、感銘を受け、さらに彼の最期に立ち会ったことで変化する。栗林の遺品であるピストルを持った米兵にスコップで殴りかかる西郷は感動的だ。無感動だった西郷を動かしたのは、大義ではなく、栗林に対する敬愛の念だった。

_ この二部作のもうひとつのテーマは文明の衝突だ。太平洋戦争は、米国にとって西欧以外の強敵との最初の対決であり、今日まで最大の対決だった。西欧社会全体としても、近代戦としては、日本が最大の敵だった。「天皇陛下万歳」と叫ぶ日本兵と「アラーは偉大なり」と唱えるイスラムテロリストは重なる。その理解不能な相手に栗林やバロン西のような人物を通して迫ろうとする試みがある。この二部作は、「自由と民主主義のアメリカ」と「皇国日本」を対等に捉え、それぞれの主義主張を超えた「美学」によって人間を評価している。どちらにも、いい奴もいれば、いやな奴もいる。殺しあう中にも、美しい人間や行為があり、敵味方共鳴する部分もある。クリントの男の美学だ。

_ 西郷は、座標軸で言えば、日米の対決という左右の軸ではなく、上下の軸に位置する。彼は、イデオロギーに無関心な現代の若者を代表している。その彼が最後にスコップを振るうことで、東西、過去現在を融合した、壮大な物語が完結する。


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