少数意見

最新 追記

2004-05-14 花とアリス [長年日記]

_ 岩井俊二監督の高校生ラブコメディ。

_ イケ面のボーとした先輩をめぐり時には協力し時には競い合う花(鈴木杏)とアリス(蒼井優)。この二人の演技のレベルは非常に高い。

_ 岩井監督作品の中でも肩の力が抜けていて気楽に楽しめる。唯一気に入らないのは、アリスが芸能界に入っていくというところ。牧歌的なメルヘンが現実世界に接して汚されるような気がする。


2004-05-20 キル・ビル Vol.2 [長年日記]

_ 復讐と愛をからめるのはやはり無理だったのではないか。

_ 前作で説明不足だった復讐の動機が明かされると思っていた。確かに Vol.2 は饒舌に何かを伝えようとしている。「総長賭博」並の情と憎悪の相克と言った評論家がいたが、それは違う。ヤクザ映画の傑作「総長賭博」は義理と人情の相克を描いたもので、それが傑作になったのは人情に従って生きることを困難にする義理という規範があったからだ。愛するものを殺すという不条理はこのような強い力が存在しなければ成立しない。

_ Vol.2のラスト近く、ザ・ブライドとビルが話し合うところで、これで二人は和解し娘と3人の幸せな生活を選び lived happily ever after となるのかと思った。むしろその方が自然だった。

_ 復讐劇はその動機に観客が共感できてはじめて成功する。昔の東映のヤクザ映画ががまん劇と言われたのは、主人公が敵のいやがらせ、迫害に耐えに耐えて、最後に反撃したからだった。反撃のエネルギーをためることによってより強烈なカタルシスが得られる。

_ タランティーノはこのパターンをふまずに Vol.1 では反撃からストレートに入った。それが是認できるかは Vol.2 にかかっていたのだが、全体を通してみて復讐劇は失敗だった。ザ・ブライドの動機は私怨でしかなかった。彼女は殺されたフィアンセさえ愛していなかったようだ。復讐は献身とあいまって崇高な行為になる。

_ この映画の夥しい殺戮はタランティーノの個人的な趣味のためにあったということか。


2004-05-22 SAT [長年日記]

_ 宇都宮の立てこもり事件ではSATが登場した。SATとは警視庁の特殊急襲部隊でテロに対抗することを目的とした部隊である。

_ 20日木曜日夜のテレビニュースが事件解決の瞬間を放送したが、SATはそこで2発閃光弾を投げた。しかし放送によると閃光弾は何れも犯人が立てこもっている部屋には届かず投げた隊員の至近距離で爆発した。一発目はマンションの部屋のベランダに当たって隊員が登ろうとしていた梯子をバウンドしながら落ちてきて隊員の顔のあたりで閃光を放った。あせった隊員はニ発目を腰のベルトから引き抜き投げようとしたが彼の手を離れる前に爆発した。

_ この出来事は事件の結末には影響がなく、新聞も特に取り上げなかったようである。しかし、テロ対策という観点からは重大な問題を提起しているのではないか。もしあの隊員が投げたのが手榴弾だったら彼は2度死んでいる。ロサンゼルスの特殊部隊を描いた「S.W.A.T.」を観た直後だったので比べてしまうが、アメリカだったらあのような失敗は許されないだろう。と言うかありえない失態だろう。

_ SATは組織されてから四半世紀はたっていると思うが、一体どんな訓練をしているのか。SATだけではなく実戦経験のない自衛隊の実力もあの程度ではないかと本当に心配になる。


2004-05-24 ロスト・イン・トランスレーション [長年日記]

_ CF撮影のため東京に来た元有名スター、ボブ(ビル・マーレイ)と夫の仕事についてきたシャーロット(スカーレット・ジョハンセン)は同じパークハイアット東京に泊まったことから不思議の街東京での数日間を共にし、互いに淡い恋心を抱く。

_ 渋谷のシネマライズで土曜日の17:15の回を観たが満席で立ち見が出た。観終わったときはあまり感心しなかったが、今は結構面白かったと思っている。

_ 「ローマの休日」の東京版のようで、「ローマの休日」ほどドラマチックでないので(アカデミー賞を取ったが)脚本だけをみればつまらない作品かもしれない。脚本には描けなくて映画にあるものは東京の映像でそれは面白い。歌舞伎町の夜景、渋谷のスクランブル交差点、ゲームセンター、パチンコ屋と定番の東京ではあるが。いずこも夥しい人、喧騒、色彩に充ち「ブレードランナー」の未来都市のようである。もっとも私にとってこれらの光景はめずらしいものではなく、わざわざ映画で見るほどのものではない。

_ しかし、ボブやシャーロットの視点で見ると世界は一変する。東京は「混沌」という言葉に形を与えたらこうなるだろうという都市なのだ。それは都市自体が生命を持っているかのごとく自在に発展・変身し、人が作るものではないから人の手では止められず、どこまでも(多くのアニメに描かれているように破滅するまで?)変化していくのではないか。

_ この映画に描かれた東京の住民もみな少し変である。誰もがマトモな英語を話さないのはいいとして、やたらテンションが高く、エネルギッシュでゴーマンである。一昔前のあいまいな笑いでしか自己表現できなかった民族とは異なる人々である。

_ このような描き方を侮蔑的と感じる日本人がいるようだが、それは違う。ソフィア・コッポラはボブやシャーロットの倦怠の対極としてデフォルメされた東京をもってきたのだ。これは我々がエルビス・プレスリーの猥雑とエネルギーに圧倒された時代を彷彿させる。そうなのだ。この映画は世界のクールの中心が東京であることを宣言しているのだ。

_ Lost in Translation の translation は言語の翻訳だけを意味しているのではない。それは文化の解釈・理解を含み、ボブとシャーロットは異文化(それもクールな)の圧倒的な迫力に当惑してるのだ。


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