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2006-12-12 ノコの死 [長年日記]

_ 10年間飼っていたウサギのノコが昨日死んだ。白内障で目がよく見えなかったが、元気だった。3日前からあまり餌をたべなくなり、動かなくなり、静かに死んでいった。

_ 10年前の冬、犬を飼いたいという娘と吉祥寺のデパートに行き、犬ではなく、きれいなピーターラビットに私は惹かれた。2回目に行ったときもまだ売れていなかったので、娘を説得して買うことにした。

_ ノコは私を異性と意識していたようだった。私が、食卓につくと、椅子の下からキューと鳴いて出てきて、足の周りを何回も回り、じゃれ付き、足の毛を引き抜き、遊びつかれると足に寄り添うように横になる。ずっと家の中で飼っていて、他の動物を知らないから、自分も人間だと思っていたのだろう。

_ ノコの最期は、まるで一生懸命に死のうとしているようだったと娘が言っていた。その日の朝、椅子の下に小さく丸くなっているノコに気を送って元気づけようとした私の手を、首をまわして2,3回なめた。それがノコの別れの挨拶だったのだろう。


2006-12-31 硫黄島からの手紙 [長年日記]

_ 「父親たちの星条旗」を観て、クリント。イーストウッドが何故このようなストレートな反戦映画を作るのか不思議だった。よく出来た作品だと思ったが、いまひとつ深みがないように感じた。

_ 「硫黄島からの手紙」を観て、二つの作品は併せて一つの大きな絵になると感じた。共通するテーマは「組織と人間」であり、「星条旗」は国家によって作られたヒーローを描き、「硫黄島」は国家に捨てられたヒーローを描く。勝者の立場から作られた「星条旗」にはカタルシスがないが、完全な敗者の側から見た「硫黄島」では最後に鬱屈とした感情が行動によって解き放たれる。やくざ映画の我慢劇のように、ひたすら抑えられた激情が爆発する。しかし、それは組織を破壊する方向には働かず、自分に与えられた任務を果たすという枠のなかではじける。

_ 栗林や西は、アメリカに親近感を抱く合理主義者として描かれている。彼らは無謀な作戦の中で自分たちが捨て駒として扱われていることを知っている。しかし、彼らの最後の行動は「天皇陛下万歳!」を叫んで死ぬことだった。そこには一分の迷いもなく、与えられた役目を果たす軍人の姿があった。それが哀しく美しい。


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