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2011-03-16 大津波 [長年日記]

_ 石原慎太郎が、今回の東日本巨大地震について、日本人の我欲に対する天罰だと言い、批判され、撤回謝罪した。

_ 今回の災害が天罰であるかはさておき、これが天災であることは明らかである。

_ 天災とは、「暴風、地震、落雷、洪水など、自然界の変化によって起こる災害」で、「天」は、「自然」とともに「造物主」、「神」の意味も有する。

_ クリント・イーストウッドの最新作「ヒアアフター」は、スマトラ沖地震による巨大津波のシーンで始まる。昨日の新聞によると、この映画は上映中止になったと。

_ フランス人の女性キャスター、マリーは、東南アジアのリゾート(タイのプーケットか)でこの巨大津波に遭遇し、波にのまれ、漂流物に頭を打たれ、溺れた。しかし、彼女は、奇跡的に救助され、臨死体験をする。彼女は、自分が見た美しい死後の世界につき本を書こうと思う。

_ 今回の津波を見て、改めてクリントの映画における津波の意味について考えた。

_ 何故クリントは臨死体験を描くのに津波を必要としたのか。自動車事故でも病気でも死に瀕し生還することはある。

_ 街で買い物をしていたマリーは、津波が道の向こうから迫ってくるのに気づく。津波は椰子の木を「ボキ、ボキ」とへし折りながらやってくる。それはゆっくり近づいてくるゴジラのようだ。

_ 今回の津波の後の映像で、丘の上で捻じ曲がった鉄塔の列とそこから垂れ下がった電線が印象に残った。映画「ゴジラ」の第一作には、ゴジラが海から上がってきて、海岸線に張られた高圧電線を突破し、鉄塔をなぎ倒すシーンがあった。

_ ゴジラは、日本人にとっての天災(荒ぶる神)を表現したものだとする映画評論を読んだことがある。

_ マリーは、臨死体験で、天国を垣間見る。そのような神秘的な臨死体験を出来させる事象は、神の力を連想させるものである必要がある。

_ クリントは、津波を、圧倒的な力を持った、超越的な存在として描いた。海は意志を持つように動き、人はその前に無力だ。

_ 今回の津波で、多くの人が亡くなり、多くの人が愛する人を失った。突然の死を受け入れることは容易でない。

_ しかし、死はみんなに来る。例外なくやってくる。事故で死ぬことが悲惨だと思う人は多い。しかし、長患いした後の死はもっと悲惨かも知れない。病院で無理に生かされた後の死が幸せだとも思わない。

_ 最初の石原の言葉に戻るが、彼の言う「天罰」は、今回亡くなった人々が天罰を受けたということでは勿論ない。我欲にまみれた日本人が罰を受けたということだ。

_ では、亡くなった人たちの死にはどのような意味があるのか。

_ 「人柱」という言葉がある。ある目的のために(神を鎮めるために)犠牲になる人のことだ。津波が神であるなら、今回犠牲になった人々は神に召された人々だ。彼らの死には意味があり、決して無駄死にではない。

_ その意味を、残されたものは、考え、理解し、忘れることなく生きていかなければならない。

_ 愛する人を失った方に言いたい。愛する人の死はけっして無駄ではない。あるメッセージを我々に伝えるために、特に選ばれて、我々のために死んでいった人たちなのだ。


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