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2002-03-01 地獄の黙示録・特別完全版他 [長年日記]

_ 前回公開時から見ていなかったので内容はほとんど覚えておらず新しい映画のように楽しめた。やはりスゴイ作品で、とくに冒頭のワルキューレの騎行をバックにへり部隊がベトコンを爆撃する場面は比肩するものがない。追加されたフランス人のプランテーションの場面はちょっと長いと思ったが、コッポッラの思想が披瀝されていて面白かった。見ていて思ったのだが、この場面に出演した20人あまりの役者は今どこで何をしているのだろう。死んでしまった人もいるだろう。この特別版で復活したからまだよかったけど、映画にはカットはつきもので、永久に消されてしまう場面は沢山あるのだろう。

_ そこで思い出したのが「戦場のメリークリスマス」のことだ。私はこの映画のラッシュを大嶋監督と一緒にみたことがある。坂本龍一の音楽が入る前のものだ。ラッシュにあって劇場公開版にない場面がある。それは、トム・コンティが登場する場面で、彼が日本軍攻撃前夜のシンガポールで美女と恋に落ち一夜を過ごすというロマンチックなものだった。この美女はニュージーランドで一番人気のある女優だということだったが、消されてしまった。ビデオにもなかったからもう二度と見られないだろう。この女優は家族や友人になんと説明したのだろう。お金はもらえたのだろうから別に気にしなかったのだろうか。

_ 「地獄の黙示録」を見てもうひとつ考えたことは、ベトナムで戦ったアメリカ兵は多くが私と同年配で彼らはいまのアメリカの指導層になっているということだ。あの戦争の意義はともかく、あの映画に描かれたような苛酷な状況を生き抜いてきた連中と平和な日本で安穏な生活をしてきた我々はとても対等に戦えないなということ。アメリカだけではなく世界の主な国は過去50年間になんらか戦争を経験している。要するに日本だけが無菌室で育てられてきたのだ。

_ 話は変わるが、「市民ケーン」を何回目かに見た。もちろん映画史の上位にランクされる作品だが、今回はオーソン・ウェルズやジョセフ・コットンの老け役が気になった。自分が歳をとったからかもしれないが、あんなにからだの動きがよくないよな、などと思った。まあ、オーソン・ウェルズがこの時26才だったことがすごいのだが。


2002-03-12 アモーレス・ペロス [長年日記]

_ はっきり言って後味の悪い映画だった。

_ 失敗作という意味ではなく、むしろ傑作だと思った。しかし、見終わって映画というものは何のためにあるのだろうと考えてしまった。もっとも、こうやって書いていること自体この映画が私に何らかの影響を与えたことの証左なのだろう。

_ 以下、ネタバレあり。

_ ほとんど接点のない三つの人生の物語だ。必ずしも順番に描かれているわけではないが、一つ目はCMスターの話、二つ目は兄嫁に恋した弟の話、そして三つ目は殺し屋になった革命家の話。

_ 私にはCMスターの話が一番残酷に思えた。最初に彼女の栄光が描かれ、第2話の主人公(全く関係のない)の交通事故にまきこまれ重傷を負い、CMを下ろされ、やがて片足まで失い、自分の巨大なポスターが以前かかっていたビルの壁面が窓から見えるアパートに戻ってくる。でも、彼女にはボーイフレンドもいるし、愛犬もいるのだから他の二話の主人公に比べればまだ幸せかもしれない。決して全てを失ったわけではないのだから、彼女が生きる意欲を取り戻していくストーリーにだってできたはずだ。でもカメラは「広告を求める」という表示があるビルの壁面を無情に写し出す。

_ これが人生なんだろうと思った。誰が元気づけようが片足は戻ってこず、栄光は過去の夢だ。人生というのは大切なものを一つ一つ失っていく過程なのかもしれない。そんなことを考えた。


2002-03-16 無期懲役 [長年日記]

_ 山口県光市で1999年4月、主婦と11ヶ月の長女が殺害された事件で広島高裁は一審の無期懲役の判決を支持し検察側控訴を棄却した。この判決の中で裁判所は「事前に周到に計画された殺害行為に比して、責任非難の程度はおのずから違う」と述べたそうである。これは従来から裁判所がとっている立場だが納得できない。

_ ちなみに無期懲役は一生刑務所に入っているわけではなく、10年(少年の場合は7年)で仮出獄が可能である。

_ 完全犯罪をねらって綿密な計画を立て2人を殺害した場合と衝動的に2人を殺害した場合とどちらが悪いか。何年か後に犯人が巷に戻ってきたとき社会にとってどちらが危険かといえば明らかに後者であろう。計画的な犯罪はそれに適した状況が必要だが、衝動的犯罪はどこでも起こる。たとえば保険金殺人は、それが可能な信頼関係を他人との間に築く必要があるが、強盗殺人は金を持っている人がいればどこでもいつでも出来る。

_ 矯正可能性にしても、計画的犯罪を犯す人間はそれなりの知性を有していて学習する能力もあるだろう。すでに犯罪が割に合わないことを学んでいるかもしれない。それに反し、衝動的犯罪者は学習能力が十分にあるか疑問だし、そもそもその衝動が遺伝子レベルの問題であれば矯正は不可能だろう。

_ 光市の事件の犯人の場合心配なのは、彼が何年か後に野に放たれたとき、自分を非難しつづけマスコミにも頻繁に登場した被害者の夫を狙うのではないかということだ。そのような事態が発生したとき裁判官はどうやって責任を取るのだろうか。

_ 取締役が経営判断を誤り会社をつぶした場合には法的、社会的に責任を取らされる。無期になった殺人者が出所し再び殺人を犯した場合、その結果につき裁判官は一切責任がないのか。法的な責任追及は難しいとしても、マスコミは無期の判断を下した裁判官の氏名を公表すべきではないか。


2002-03-27 辻元さんの罪 [長年日記]

_ すぐバレルうそをついたのはマズかった。人のうそには厳しい人がなぜあのようなヘマをやるのだろうか。

_ ワークシェアリングもいただけない。ある新聞は「悪い冗談かと思った」と書いていたが、辻元さんのやっていたことは勿論ワークシェアリングではない。国会の証人喚問の場だったら決してあのようなことは言わなかっただろう。国会では言えなくてテレビだったら言えるということは、結局視聴者を馬鹿にしていることになる。横文字の最近話題になった言葉を使えば視聴者を煙に巻けると思ったのかもしれない。テレビの視聴者は辻元さんの支持者と重なるのだろうから辻元さんは自分の支持者を愚弄したことになる。

_ このように辻元さんの対応はじつに下手だったが、彼女のやったことはそんなに悪いことか。確かに法律には触れるだろうが倫理的にも悪いことなのか。日本には法律に触れる行為でも取り締まられないものがいくつもある。前にも書いたが、ソープは売春ではないのか、パチンコは賭博ではないのか、という類だ。今回の政策秘書の件も辻本さんに言わせればみんながやっていることらしい。確かに多額の金が出る割には秘書の兼務が許されたり事後のチェックがなかったり、悪用されることを予想しているかのようだ。辻元さんとすれば、私腹を肥やすのでなければ政策秘書の給料を他の秘書の給料に流用しても実害はないと思ったのだろう。目的が正しければ手段に多少の問題があってもかまわないという考え方もある。一年生議員の辻元さんが、国からこれだけお金が出るがみんな事務所の経費に使っているよ、といわれればそれを断るほうが不自然かもしれない。よほどの石頭で政治家には不向きと言われるだろう。

_ 辻元さんにすれば罠にはまったような気持ちだろうが、日本の法律はこんなもので、運が悪いとあきらめるしかない。彼女は他の不正を暴こうとしたが、それは日本社会の建前と本音の二重構造に突き当たることになる。神が存在しない日本では、「世間」が目障りな者を排除していく。

辻元さんの一番の罪は目立ちすぎたことかもしれない。


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