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2008-08-11 崖の上のポニョとカンフー・パンダ [長年日記]

_ 「カンフー・パンダ」の方がずっと面白かった。

_ 宮崎駿は晩年の黒澤明のようだ。黒澤は74歳のときに大作「乱」を撮っているのに比べて宮崎はまだ67歳だから衰えが早い。黒澤は「乱」の後急速に力が無くなった。黒澤の晩年の作品も悪くは無いのだが、イメージだけになって構成力がない。2時間の長編を作るにはイメージだけでは足りない。

_ 「ポニョ」は絵は綺麗だがストーリーが破綻している。深読みして神話のように解釈する楽しみ方もあるかもしれないが、宮崎はそんなものを意図していないだろう。昔の迫力ある作品を作りたいのだがそれができない悲劇を本人も感じているだろう。

_ 宮崎の中には描きたい絵がいくつもあって、イメージはほとばしる。しかし、それを物語の中に上手く組み入れることが出来ない。宮崎は5歳児を楽しませる映画を作りたかったが、67歳の老人が考える5歳児は余りにも純粋すぎて現実には存在しない。現代の5歳児は美しい絵ではなくクレヨンしんちゃんのような毒のあるものでないと退屈する。

_ 「カンフー・パンダ」は5歳児も楽しめるだろうし大人にはそれなりの楽しみ方が出来る傑作だ。神話とか哲学ではなく、エンターテインメントを目指す以上大人にしか分からない深い部分を除いても楽しめる作品を作る必要がある。

_ 「カンフー・パンダ」を作っている連中は多分本当にカンフーやアニメが好きなのだろう。私はそれらのマニアではないが、いくつも過去の作品へのオマージュを感じる場面がある。東洋に対する関心も我々が西洋人の東洋趣味と言うレベルを超えている。東洋の真髄に迫りたいという迫力を感じる。我々は東洋に存在するというだけで東洋を理解しているのだろうか。柔道が西洋人に会得できるわけが無いと信じていたように、日本人には驕りがある。

_ アニメやカンフーはいわゆるサブカルチャーに属していて、それに熱中する人々は日本ではオタクとさげすまれている。しかし西洋から見た場合東洋のカルチャーに上下は無く、何れも東洋の本質を包含している。そこに到達するのに黒澤や三島から入るか、アニメやマンガから入るかは趣味の問題なのだ。

_ 「カンフー・パンダ」はカンフーオタクのパンダが修行して奥義を会得する話だが、これは東洋オタクの映画人がカンフーとアニメを通して東洋を理解しようとする真摯な試みでもある。

_ 「ポニョ」は満席で「カンフー・パンダ」は閑散としていた。


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