少数意見

最新 追記

2005-03-01 アカデミー賞 [長年日記]

_ キネマ旬報の予想では「アビエイター」のマーティン・スコセッシが作品賞と監督賞を両方取るだろうされていた。スコセッシは過去4回監督賞にノミネイトされて全て落選。同情票が入ると思われた。ところが、結果は両方ともクリント・イーストウッドに取られてしまった。作品を観ていないのでなんとも言えないが、アメリカでは同情票はあまりないのかもしれない。

_ 日本アカデミー賞という野暮な名前の賞があるが、その本年度の最優秀主演女優賞は鈴木京香に与えられた。「血と骨」での演技に対するものだが、熱演ではあるが、「主演」ではなかった。あの映画は北野たけしだけが主演で女優はみな助演としか言えない。あれが主演だったら「下妻物語」の土屋アンナははるかに出番が多かったから助演ではなく主演だろう。鈴木京香は過去3回優秀主演女優賞を取ったが最優秀を逃していたとのことで、同情票があったのだろう。たいした賞ではないからどうでもいいが。


2005-03-09 富豪刑事 [長年日記]

_ 「富豪刑事」の神戸美和子は「下妻物語」の竜ヶ崎桃子と同様に浮世離れしたキャラクターだが、見かたによっては180度違った人格なのかもしれない。それは他人とのかかわり方を見ると分かる。

_ 桃子は、友達が一人もいなくても寂しくないと言うように、強い(または強く見せている)。その強さの中核を成すのは他人と自分を峻別する哲学(ロリータ道)であり、それを捨ててまでして他人に迎合しようとはしない。自分の生き方を守るために他人を遠ざける傾向がある。

_ 美和子は、大富豪の孫娘であることを隠そうとはせず、自然に大富豪しているため、周囲から反発を買っている。しかし、美和子は生来の善意からそれに気づかず、みんなが自分に好意を持っていると信じている。美和子は性善説に基づく哲学を持っていて、それが犯人を前にしての「愛の説教」になり、その的外れさが失笑を買う。それでも美和子は「本当に悪い人はいない」という信念を持って刑事の仕事に励む。

_ 桃子も美和子も、何れも現実にはいないような人物で深田恭子以外には演じられないような役柄だ。では、それがはまり役というだけで片付けられるかというと、そうではない。深田恭子は前述のように両極端とさえ言える二つの人格を演じ分けているのである。

_ 深田恭子はこれまで、等身大の女の子(純粋だがワガママであまり頭が良くなく、いつも自分の生き方を模索している、といったタイプの)を演じていたが(それはそれで成功していたが)、他の若い女優に演じられない役ではなかった。

_ 桃子と美和子を演じるためには、メルヘンチックな要素があるというだけでは足りず、浮世離れした言動を支える強い哲学が必要になる。それは役柄として作られたものではなく、深田恭子が本来持っていたものだ。

_ 非現実的な世界を現出させるためには特別な力が必要で、宗教の教祖が奇跡を起こすか起こしたように信じさせる力に似ている。「富豪刑事」の何れも個性的で濃い役者の中で、美和子が「あのぅ・・・ちょっとよろしいでしょうか?」と言うとき、回り舞台のように世界が一変して輝きをを帯びる。すごい役者だと思う。


2005-03-15 富豪刑事 第9話 [長年日記]

_ 第9話は「勃発・・・スクールウォーズ!決死のラグビー対決」というタイトルで昔のテレビドラマ「スクールウォーズ」のパロディーだった。この「スクールウォーズ」は実話に基づいていて、その話をNHKのプロジェクトXでやっていた。これは「ツッパリ生徒と泣き虫先生」というタイトルだ。

_ 私は、前のテレビドラマも実話の方も何れも知らなかったのだが、富豪刑事はとても面白かった。プロジェクトXの方は後味が悪かった。30年前に不良が集まる京都伏見工業高校のラグビー部に元全日本ラガーの先生が赴任して荒廃した部を立て直し全国優勝2回の強豪チームに育てる話だ。その先生と元生徒たちが登場して感動的な話をするということなのだが、自己陶酔の自慢話を聞いているようで気持ちが悪くなった。このプロジェクトXという番組は以前から敬遠してみたことがなかったがやはり想像していたとおりの内容だった。

_ 富豪刑事はというと、ラグビーコーチ襲撃事件の犯人がラグビー部を退部になった不良高校生の中にいるのではないかという設定で、美和子が高校を作りそこに特待生として不良たちを入れようというのだ。そこに鎌倉警部がコーチとして乗り込む。鎌倉警部役の山下真司は「スクールウォーズ」に出ていたとのことでファンにはたまらない配役だったろう。私は全くそのドラマを知らなかったが、富豪刑事だけで結構感動してしまった。深田恭子のセーラー服が良かったこともあるが、物語として良く出来ていた。このシリーズは何人かの脚本家が書いているようだが、傑作だった第5話(ホテルの富豪刑事)とこの第9話は同じ人のようだ。複雑な内容を手際良くまとめ、筋の通った話を作っている。

_ この第9話を観て「武蔵 MUSASHI」と比べたくなった。両方とも本来のストーリーを持っていて、そこに別なストーリーをはめ込んでいる。今度の控訴理由書でこれを「嵌め込型模倣」と私は命名した。そのような模倣がパロディーとして独自の価値を持つのか、単なる話題作りの模倣なのかはその内容で決る。原作となるテレビドラマを知らない私を感動させた富豪刑事の脚本はすごいと思う。「武蔵」がどうだったかに付いては言わずもがなだ。


2005-03-16 現実と虚構 [長年日記]

_ 昨日書いた話を基に、なぜ虚構が現実より感動的になりうるかについて考えてみよう。

_ 「プロジェクトX」が描写した現実は、善意に満ちた教師が不良高校生を涙の力で更正させ、ラグビーの強豪校を育て上げたという美談だ。私のようなひねくれた者は、素直に感動できず、表面の話はいいから本当の所はどうなんだ、と問いたくなる。その教師の本当に欲しかったのは何か、金か、名誉か。仮にそうでなくて、その教師が実際に私心のない善意にあふれた人だったとしても、それがなんだと思ってしまう。私にとっては、そのような完璧な人間は気持ちが悪く、友達にはなりたくない。屈折していない人間には興味がもてない。

_ 「富豪刑事」の場合はどうか。鎌倉警部がラグビー部のコーチになった理由は明確だ。コーチ襲撃事件の犯人を探すためだ。美和子が高校を作ったのも、不良高校生たちの更正が目的ではなく連中を四六時中監視するためだった。でも、ラグビー部の練習が始まると明かな変化が生じる。鎌倉は昔を思い出したかのように情熱的に指導し始め、美和子理事長もそれを夜遅くまで見守り、大きなヤカンを持って走り回る。不良たちも鎌倉たちの熱意に応える。この変化をもたらしたのは、個々人の力というより、スポーツの神様なのだろう。とまれかくまれ、一つの仕掛として作られた高校ラグビー部は命を吹き込まれ、犯罪捜査とは別な、独自の目的に向って動き出す。

_ 次の場面、焼畑学院高校は焼畑カップの決勝に残っている。犯人がラグビー部員の中にいないことが明らかになって、鎌倉は部員たちを前にして叫ぶ「いいか、俺はこれからお前たちに殴られる」「お前たちは腐った大人になるな!」と。キャプテンの小栗は何のことか状況を把握できず、いわれるままに鎌倉を殴る。このエピソードは「スクールウォーズ」のパロディーらしいが、「富豪刑事」では独自の意味を持つ。鎌倉は殴られることにより部員たちと一体になれたのだ。もっとも、この出来事を影から見ていた部下の刑事鶴岡は「そんな問題じゃないが・・・」とつぶやく。殴られたぐらいで、部員達を騙していた事実がなくなるわけではない、ということだ。情に流されがちなストーリーを客観的に見る眼があるのがこの作者の厳しいところだ。

_ 試合は小栗のペナルティーゴールで焼畑学院の逆転勝利となり、部員たちは歓喜の中で走り寄り、鎌倉を胴上げする。それをうれしそうに見る美和子。このドラマはここで現実とは違う感動を生み出した。それは鎌倉や美和子が作った偽りの世界が、ラグビー部員の汗と涙によって浄化され、輝かしい勝利の瞬間をみなが共有することの感動だ。鎌倉の胴上げは、単に勝利の喜びを表現するものではなく、警察と不良少年という対立する異質な存在が一つになったことをあらわし、その重さは私のようなひねくれた者をも感動させる。

_ 逆説だが、虚構にはウソがないのだ。書かれた脚本には、書かれたことしか載っていない。私は現実に涙することはほとんどないが、虚構には安心して涙を流す。虚構は裏切らない。


2005-03-23 富豪刑事 最終回 [長年日記]

_ 「富豪刑事」についてはもう書かないつもりだったが、最終回がとても良かったのでまた書きたくなった。

_ 最後の場面で、ニューヨーク、パリ、上海と世界の都市にサクラの花びらのように風に乗って運ばれて、空を覆う一万円札。幻想の世界だ。何百億円もの金を使い、美術品を買い、会社を作り、高校を建てた「富豪刑事」の最後の金の使い方がこれだったとは!雪のように降る札を見て、喜久右衛門が「きれいじゃのう」と言うと美和子は「お金じゃなくて、本当の雪だったら良かったのに・・・」とつぶやく。

_ 最大の散財が雪にかなわないという皮肉。マネーゲームにうつつを抜かす昨今の日本に向けられた言葉のようだ。前9話を思い返すと、全てがこの結末を描くためにあったように思える。三島由紀夫の「豊穣の海」の最終章を思い出した、と言ったら誉めすぎだろうか。

_ 喜久右衛門と瀬崎龍平の対決も見事だった。美和子のやさしい言葉に復讐心が揺らいだ瀬崎は、窮地に陥った喜久右衛門と美和子を助けにロールスロイスで登場する。危機が去った後喜久右衛門は瀬崎を見つめて「はて、あなた、どなた?」と問う。瀬崎の50年にわたる喜久右衛門に対する恨みは(それは瀬崎を裏世界の巨魁にした力だった)全く喜久右衛門に通じていなかったのだ。これには笑った後、人生の無常を感じた。一生かけて作り上げた財産とか権力はなんの意味があるのだろうか。人生とは、雪のように不確かではかなく、でも美しいものかもしれない。


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