_ 金正日さんは読まないでください。
_ 2003年X月5日 日朝国交正常化交渉は遅々として進まず、両国は人質の奪い合いという醜態を演じていた。首相官邸に差出人の記載のない小包が届いたのはそんなときだった。セキュリティーチェックの結果包の中に金属製の箱が入っていることが分かり、警視庁の爆発物処理班により開封された。中には1枚の手紙と鉛の小箱があった。手紙には「1週間以内に朝鮮民主主義人民共和国に対して1兆5千億円の経済援助を決定しなさい。そうしないと、大きな事故が起きます」とあった。鑑定の結果、箱に入っていたのは核兵器に使える高度の濃縮ウランであることが分かった。
_ 2003年X月6日 首相は以前引き上げられた特殊工作船から放射能が検出されていたことと考え合わせて、日本のどこかに北朝鮮の核兵器が隠されていると確信し、極秘の捜査を命じた。首相が内閣調査室から受けていた情報では、日本の援助がなければ北の体制は数ヶ月以内に崩壊するとのことだった。
_ 2003年X月12日 なんの手がかりもないまま1週間が過ぎ、捜査の範囲外だった八丈島で核爆発が起き島民と観光客の全員が死亡した。
_ 2003年X月13日 2通目の手紙が届きそこには、次は1週間後に東京だと書かれていた。
_ 2003年X月14日 首相はアメリカ大統領に電話し、北朝鮮に対する経済援助を決定することの了解を求めた。大統領は反対し、北朝鮮に対してアメリカの核兵器を使用してもいいと言った。首相は、それで1000万都民を救えるわけではないと言い、大統領は説得を断念した。
_ 2003年X月17日 首相は八丈島での核爆発が国際テロ組織の仕業であることが判明したと発表し、テロに対決するために日本は東アジアの安定に努める義務があると述べた。そのために、日本は北朝鮮に対する経済援助を他の案件の解決を待たずに先行して行うと宣言した。
_ 2003年X月18日 東京下町の小さな民家から大きなタンスのようなものが運び出され、引越し用のトラックに積み込まれた。動き出したトラックが前後を覆面パトカーに警護され、はるか上空からは自衛隊のヘリが監視していたことに気づいたものはほとんどいなかった。
_ 白い戦闘服の3人の若者が渋谷の街を走り抜け、不良共を叩きのめす姿は爽快だ。映像もアーティスティックで日本の伝統的な様式美の中に渋谷と「ナショナリスト」たちを捉えている。
_ しかし、爽快感は最初だけで、3人は既成右翼の抗争にまき込まれていく。
_ 窪塚を追いかける女(ふけた女子高生)が登場する。彼女が、バスの中で赤ん坊を抱いた女性に席を譲ろうとしない男に対して、今の日本人は腐っていると憤慨する場面がある。彼女は「そのような」悪を正すことを窪塚に期待する。この作品の不毛はここに象徴されている。
_ 窪塚たちには倒すべき敵がいないのだ。だから彼らの暴力はそれ自体が目的になり、やがて自らを傷つけ破滅していく。なぜなら、バスの中で席を譲らない男は彼ら自身であり(勿論この行為はもろもろの小さな欺瞞、保身の象徴だ)、そのような悪を成敗するためには、先ず自らを切り裂くことが求められるからだ。
_ 車の接触事故が原因で若手弁護士(ベン・アフレック)とアルコール依存症の男(サミュエル・L・ジャクソン)が対立し、争う話。結局二人は最後に仲直りし、大団円となるのだが、途中では互いの憎悪は増幅し、大きな悲劇に突き進むかのようにみえる。
_ この作品の面白いところは、二人の主人公をいずれも小さな悪者として描いているところである。主人公が二人いる場合、その関係は一応、善と善、善と悪、そして悪と悪に大別できる。悪と悪との対決で面白い作品にするためには、それぞれを人間的な魅力をもった悪者とするか、又は美しいまでに凄みのある悪にするかのいずれかであろう。しかし、この作品の二人はいずれも卑劣な小物だ。おかれた立場は違っても、弱さゆえに悪を行うという共通点を持っている。
_ 物語は息苦しく、罠にはまった獣がもがきながら更に深い傷を負っていくような展開になる。だからハッピーエンドの結末は不自然で、現実的でない。もっとも他の終わり方があるかというと、二人が刺し違えるような破滅的なラストにしてもカタルシスのない陰惨なものにしかならないだろう。
_ ひるがえって考えると、この作品のテーマは我々普通の人間がみな持っている弱さと、それがある状況に直面したときに生み出す悪なのだ。ちょうど誰もが持っているガン細胞がある刺激によって突然増殖を始めるように。
_ 個人的な感想かもしれないが、この作品は勇気とは何であるかを反面教師的に教えてくれているように思える。いわゆるヒーローものでは、普通の人間が自らの立場を省みずに他人のために献身的な行動をとる。それは、他人からみれば勿論のこと、本人としても覚悟さえできれば肯定できることであり、その意味では案外簡単なのかもしれない。これに反して、自分が重大な失敗をしたときに、そしてその失敗を隠すことが出きるかもしれないときに、それを告白することはとても勇気がいるのではないか。その決断は、いわゆる英雄的な行動と違って、高揚した精神状態でなされるものではない。決断は失意と絶望と自己嫌悪の中で下されなければならない。人はそのような時、自分の中の悪魔のささやきに耳を傾けることになるのだろう。ちなみに、この映画の弁護士は、事故現場に重要書類を置き忘れたことをシニアパートナーに正直に告げなかったことから事態を深刻にしていった。
_ 今日多くのエリートたちが、自らの失態とその後の隠蔽工作の罪を問われているが、その心理はかようなものであったのか。
_ 2003年X月5日 日朝国交正常化交渉は遅々として進まず、国民の関心は大銀行の国有化に移っていた。新潟の港町Aで奇病が発生したのはそんなときだった。最初はインフルエンザのような症状だが、やがて嘔吐や下痢が激しくなり、最後は身体の穴という穴から血液や体液が流れ出して死に至る。
_ 2003年X月7日 最初の死者が出た。国立感染症研究所はエボラ出血熱の可能性があると考え、CDC(米国疾病センター)に検体を送って検査を依頼した。
_ 2003年X月10日 CDCからDNA解析の結果が報告された。その正体はエボラ出血熱ウィルスとインフルエンザウィルスを合体させたキメラであった。死亡率50-90%のエボラ出血熱に遺伝子操作でインフルエンザの空気感染する能力を付加した細菌兵器だった。A町は自衛隊によって包囲され、町に入ることができるのは宇宙服のような防護服を着た者に限られた。
_ 2003年X月11日 政府首脳、内閣調査室、それに自衛隊と民間の感染症の専門家を交えた会議が開かれた。そこで発病の1週間ほど前にA町の上空を大型の模型飛行機が旋回し海の方向に去っていったこと、偵察衛星の写真から北朝鮮のものと思われる潜水艦がちょうどその頃A町の沖合いにいたこと等が報告された。エボラウィルスについては、まだ治療薬やワクチンは開発されておらず、開発には少なくとも年単位の時間が必要との専門家の意見が述べられた。
_ 2003年X月12日 A町の人口の8割が発病し、その7割が死亡した。東京と大阪でも患者が確認された。
_ 2003年X月14日 諸外国は日本発の航空機の着陸を拒否した。東京と大阪から大量の難民が地方に流れ出し、その結果感染者は全国に散らばることになった。
_ 2003年X月20日 全国の患者数が一万人を超え、死者も三千人を超えた。CDCの予測では、2ヶ月後には患者は三千万人死者は一千万人とのことであった。最悪の場合日本の人口は1割になるという専門家もいた。北朝鮮の赤十字から援助の申し出があったのはこのような混乱の最中であった。北朝鮮は防衛目的で細菌兵器の研究を行っており、問題のウィルスに対するワクチンを300万人分無償で提供する用意があるとのことだった。
_ (続く)