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2002-11-11 チェンジング・レーン

_ 車の接触事故が原因で若手弁護士(ベン・アフレック)とアルコール依存症の男(サミュエル・L・ジャクソン)が対立し、争う話。結局二人は最後に仲直りし、大団円となるのだが、途中では互いの憎悪は増幅し、大きな悲劇に突き進むかのようにみえる。

_ この作品の面白いところは、二人の主人公をいずれも小さな悪者として描いているところである。主人公が二人いる場合、その関係は一応、善と善、善と悪、そして悪と悪に大別できる。悪と悪との対決で面白い作品にするためには、それぞれを人間的な魅力をもった悪者とするか、又は美しいまでに凄みのある悪にするかのいずれかであろう。しかし、この作品の二人はいずれも卑劣な小物だ。おかれた立場は違っても、弱さゆえに悪を行うという共通点を持っている。

_ 物語は息苦しく、罠にはまった獣がもがきながら更に深い傷を負っていくような展開になる。だからハッピーエンドの結末は不自然で、現実的でない。もっとも他の終わり方があるかというと、二人が刺し違えるような破滅的なラストにしてもカタルシスのない陰惨なものにしかならないだろう。

_ ひるがえって考えると、この作品のテーマは我々普通の人間がみな持っている弱さと、それがある状況に直面したときに生み出す悪なのだ。ちょうど誰もが持っているガン細胞がある刺激によって突然増殖を始めるように。

_ 個人的な感想かもしれないが、この作品は勇気とは何であるかを反面教師的に教えてくれているように思える。いわゆるヒーローものでは、普通の人間が自らの立場を省みずに他人のために献身的な行動をとる。それは、他人からみれば勿論のこと、本人としても覚悟さえできれば肯定できることであり、その意味では案外簡単なのかもしれない。これに反して、自分が重大な失敗をしたときに、そしてその失敗を隠すことが出きるかもしれないときに、それを告白することはとても勇気がいるのではないか。その決断は、いわゆる英雄的な行動と違って、高揚した精神状態でなされるものではない。決断は失意と絶望と自己嫌悪の中で下されなければならない。人はそのような時、自分の中の悪魔のささやきに耳を傾けることになるのだろう。ちなみに、この映画の弁護士は、事故現場に重要書類を置き忘れたことをシニアパートナーに正直に告げなかったことから事態を深刻にしていった。

_ 今日多くのエリートたちが、自らの失態とその後の隠蔽工作の罪を問われているが、その心理はかようなものであったのか。


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