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2010-07-01 駒野の悲劇 [長年日記]

_ 思うに、PK戦での敗北というのは最悪の結果かもしれない。

_ もし、延長の最後の瞬間にゴールを入れられて負けたのなら、ドーハの悲劇の再現で、選手も国民も落胆するだろうが、悲劇は共有される。

_ PK戦での敗北は事故のようなもので誰にも責任はないと思うようにしたいが、蹴ったのは駒野で、それは何億人もの目撃者がいる。悲劇は厳然として存在し、その原因を天災のような不可抗力に帰することは難しい。悲劇の共有は断念され、駒野の悲劇が残る。

_ PK戦終了後、何人もの選手が駒野に駆け寄り慰めた。しかし、それで彼は癒されたか。否である。彼を慰めた者の心の中には、自分でなくてよかったという気持ちがあったに違いない。自分が代わって失敗してやりたかったと思う選手はいなかっただろう。

_ 駒野を抱擁した選手と駒野の間には何百光年もの距離があった。

_ ではどうすればよかったのか。岡田監督が駆け寄って、「何をやっているんだ!」と怒鳴りつけて、どついて、それからしっかりと抱きしめる。高校野球的なくさい場面だが。まあ、岡田監督にはそんなことは出来なかっただろう。

_ 思い出すのは、東京オリンピックの円谷幸吉だ。彼は、アベベに次いで二位で国立競技場に入ってきたが、ゴール直前イギリスのヒートリーに抜かれた。東京オリンピック陸上競技における唯一のメダルであったが、国民の間には素直に喜べない気持ちがあったと記憶している。その数年後彼は自殺した。

_ 今回の駒野はもっと厳しい立場に置かれる。岡田ジャパンを賞賛するテレビ番組などが続くだろうが、そこでは、誰も口に出しては言わないだろうが、駒野がいなかったなら、という思いがある。みんなが共有できない、駒野の悲劇が黒雲のようについてまわるだろう。

_ では解決方法はあるのか。ある。それは駒野のミスキックは必然だったといえばいいのだ。岡田監督が駒野を三番手に選んだのも、駒野が玉を浮かせようと考えたのもみんな必然だった。そこには選択の余地はなく、運命は決まっていた。というドキュメンタリ映画を作る映画監督はいないだろうか。


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