_ 面白かった。
_ 1973年のKCIAによる金大中拉致事件の話だが、自衛隊の情報将校富田満洲男(佐藤浩市)を絡ませたところが作品に奥行きを与えた。富田は三島由起夫と自衛隊の決起を計画したが、上層部の反対で断念したという。三島が自決したとき富田は東部方面総監部に白い菊の花をもって現れる。
_ 金大中事件は日本を舞台にしたということを除いて、日本と直接関係ない。この映画に富田というフィクショナルな人物が出てこなかったら日本人の観客が感情移入できる度合いは低くなっていただろう。
_ 富田が三島のシンパであったという設定も有効だった。この当時、朴大統領の軍事独裁政権と民主化の旗手であった金大中の対立は朝鮮半島の緊張を背景に、殺すか殺されるかの状況になっていた。そこに存在感をもって関われる日本人は少なかっただろう。1970年に死んだ三島はその当時すでに平和ボケしていた日本人に「生命以上の価値は存在するか」という問いを投かけた。死に場所をもとめているかのような富田の暗い表情は、軍隊になれない自衛隊のみならず、あの時代の一部の青年に共通するものだった。アラブに死に場所を求めた赤軍派の連中と180度政治思想は違っていても同じ情念を持つ富田のような自衛官はきっといたのだろう。
_ 失敗したら死が待っているという緊張感の中で行動するKCIAと、どう動いても死が近づいてこないぬるま湯のような日本の状況に苦悩する富田は、互いに次元の違う世界にいるように交われない。
_ 最後の場面で、愛する女と静かな人生を送ろうと決意した富田は唐突な死に遭遇する。これが三島作品の主人公であれば、英雄であることを捨てた男に訪れる当然の最期ということになるのだが、阪本順治監督の意図はそうではなかったのだろう。