_ 「羊たちの沈黙」と「ハンニバル」に先立つ物語。
_ それなりに面白かったが、致命的な欠点もある。先ずハンニバル・レクターの登場場面がほとんど刑務所の中ということ。これは原作がそうだから仕方がないのかもしれないが、前2作を見ていない人には、ハンニバルはうるさいジジイくらいにしか見えないだろう。
_ 次に殺人鬼ダラハイドの正体がすぐバレてしまうこと。これもダメとは言いきれないが、最悪なのはダラハイドがあまりにもデリケートでひ弱なこと。ダラハイドは幼少期の虐待がトラウマになって、ウィリアム・ブレイクが描いた「大いなる赤き竜と日をまとう女」(竜は生まれてくる子供を食おうと待っているのだそうだ)の red dragon がとりつき殺人鬼になったとされる。彼は過去のトラウマに苦しめられ、ドラゴンからも逃れようとするが果たせず殺人を繰り返す。
_ 小説はこのトラウマについて詳しく書いているようだが、映画ではこれが邪魔になる。映画は物事を深く考えるのに適さないメディアで、自分のペースで時間をかけて楽しめる小説とは違う。映画の観客は単純でスッキリした感動を味わおうとしているから、殺人鬼に同情するようになっては困る。とくに最後の場面では、主人公がダラハイドに過去の傷をえぐるような言葉を投げつけ、これが決め手になるので、後味が悪い。
_ 私が脚本化であれば、トラウマには言及せず、レッド・ドラゴンとダラハイドの関係のみを取り上げる。レッド・ドラゴンに支配される存在でも悪くはないが、レッド・ドラゴンを超えて自ら神になろうとする男にしたら面白いだろう。自分が神でであることを証明するために殺人が必要だとするのだ。映画もその方向に進むのかと思わせるセリフがあって期待したが、結局殺人依存症の病人の話になってしまった。
_ 実在した神になろうとした殺人鬼のなかで一番すごいのは麻原彰晃だろう。彼は世界史的にみてもトップクラスではないか。彼は今でも狂気を貫いており、敗れたわけではない。ひょっとすると麻原彰晃の物語はまだ終わっていないのかもしれない。彼に比べればダラハイドはもとよりハンニバルでさえ小物でしかない。