_ 黒澤関係の訴訟は3件目で、前の2回は何れも提訴の時に新聞に載った。今回は話題性があり社会的意義もあるので一番マスコミの注目を集めると思っていた。だからプレスリリースも入念に準備していた。
_ 前2回は訴状を提出した直後に新聞社から問い合わせの電話が入った。今回は訴状を出しても何の反応もないので裁判所に尋ねると、マスコミに裁判所からリークすることはないとのこと。前2回は10年以上前なのでプラクティスが変わったようだ。裁判所によれば、口頭弁論期日の前日に期日表というものが配られるのでそこで判明するよし。第1回期日は2004年1月20日だから、19日にはわかるということ。
_ さてその19日、10時すぎに事務所に行ったが、1つも電話は入っていなかった。午後になってやっと共同通信から電話があったがあとは産経新聞からあったのみ。前2回に比べてあまりにも反応がニブイ。去年の1月の放送の話だし「武蔵」は終ってしまったからかと思った。気負っていたのでがっかりした。
_ 20日の朝刊には一応載ったが(共同通信の配信)、小さな扱いで、朝日は全く無視した。
_ 午前11時に法廷に行った。傍聴席には記者のような人が10人ばかりいたが、法廷が終ったあとNHKの弁護士の周りに集まってこちらは無視された。これで報道は終りかと思ったが、午後になりテレビ局から電話が続いた。先ず日テレが「武蔵」のビデオを貸してくれと言ってきたのでNHKの著作権に気をつけるようにと言って渡した。20日の午後5時の「プラス1」で使ったようで「武蔵」の問題シーンがイラストで出てきた。
_ 次はフジテレビ。黒澤久雄氏に取材申し込みしているが、ダメな場合は私の話を聞きたいとのこと。しばらくして、黒澤氏を取材できることになったが、彼の話で不足の部分があれば私に補充してほしいと言ってきた。すぐに久雄氏から電話があった。「どうしても話が聞きたいというので取材に応じることにしちゃったよ。青山なんだけど乗杉さん来る?」「いや、後で事務所に来るようなので」(ちなみに久雄氏は成城学園初等部で私の2年先輩にあたる)
_ 5時半くらいにフジテレビの3人が大きなビデオカメラをかついでやってきた。「先生の取材は我々だけですか?」「そう」「さっきは10本くらい立っていたのになー」(カメラの台数のことか?)
_ インタビューは20分以上続きいろいろと面白い話をしたつもりだったが、21日の「とくダネ!」で使われたのは1分足らずだった。でも女性のレポーターは私のビデオを見ていたようで、私が話したことを自分の言葉で語っていた。夕方6時に取材したものを理解して翌朝8時の放送に間に合わせるのはエライと思った。