少数意見

«前の日(09-29) 最新 次の日(10-01)» 追記

2002-09-30 拉致問題

_ マスコミは相変わらず感情的な報道に終始しているが、もっと考えるべきことがあるんじゃあないか。

_ たとえば、なぜ死亡年月日を北朝鮮は開示したのか。生存者、死亡者を特定するだけで、日本政府は満足したのではないか。いつ、となぜについては調査中でも通ったのではないか。年月日を開示した結果、処刑云々の話になり、北朝鮮はより詳しい情報を提供せざるを得なくなっている。

_ これが金正日の指図によるものだったら、彼は我々の理解を超えた人間である。なにを狙っているのか分からない。彼が知らないうちに出てしまったのなら、それはミスか反対勢力の仕業か。後者であるとすれば、誰か。国交正常化を望まない軍部か。


2003-09-30 座頭市

_ 北野監督作品は全部(ほとんどを劇場で)観ているが、この作品はダントツに面白い。彼が本当に撮りたい映画ではなかったのかもしれないが、案外制約があったほうが才能は生きるものだ。

_ 北野作品ではメッセージがうるさく感じられることがあるが、この作品ではそれが薄められ、それでいて映画の文体は桎梏をはね返そうとしているかのごとく強力だ。

_ 敵の屋敷への斬り込みが高倉健のヤクザ映画のようだと思ったが、何か違った。座頭市にはヤクザ映画のヒーローのような情念がなく、殺人機械のように斬っていく。悪役だった頃の「ターミネーター」のようだ。

_ 北野映画の登場人物は前触れなく突然行動に移る。行動に移る前の迷いや煩悶は存在しないかのごとく。北野作品で一番こわかった暴力シーンは、「3-4X10月」で喫茶店の店長(ガダルカナル・タカ)が「トイレが臭い」などと言いながらさんざめいている女子大生の顔を突然重いガラスの灰皿で殴りつけるところで、これは本物だと思った。

_ さて、「座頭市」ははなやかな集団タップダンスで締めくくられるが、ここで不覚にも泣いてしまった。それまでは時代考証もしっかりしていた(ように見えた)のに突然のタップだ。でもそれがとても自然で、表現が(元気のいい魚のように)自分の力で与えられた容器から飛び出してしまったかのようだった。日本文化とはそもそもそのように混沌としたものなのだろう。

_ その場面から思い出したのは黒澤明の「夢」の「水車のある村」で、笠智衆演ずる老人の妻の葬式に楽隊が出てくるところだ。あんな辺鄙な村にトランペット、トロンボーン、フルート、チューバと西洋の楽器をそろえた楽隊がいるのはおかしいが、そんな疑問は吹き飛んでしまうように素晴らしいシーンだった。

_ 黒澤は北野に「日本映画をたのむ」と言ったそうだが、タップダンスの場面を観て北野は黒澤の正統な継承者だと感じた。なにか日本文化の燃えるトーチが黒澤から北野に渡されるところを見たような気がした。そして涙がとまらなくなった。


2004-09-30 誰も知らない

_ 退屈な映画だった。

_ 観客は母親に置き去りにされた4人の子供の話だと知って来るのだろうから、映画は観客が予想している以上の内容を提供しなければならない。けなげに、また無邪気に生きていく子供たちを描くだけで皆が感動するわけではない。子供たちはとても自然で良かったが、それは公園で遊ぶ子供を見ていることとあまり違いはなく、金を取って映画を見せる以上それでは足りない。とにかく2時間21分の上映時間は長すぎる。あの内容だったら1時間あれば十分でその方が充実したものになっていたろう。途中でいらいらしてきて、誰か早く子供たちを保護して映画を終わらせてくれという気持ちになった。一つ一つのシーンが長すぎる。長いシーンがあってもいいが、メリハリがないので眠くなる。

_ ストーリーもきれいごとで気に入らない。元の実話はもっと悲惨なものだったようだ。それをこの映画はメルヘンのように描いているが、それも成功していない。長男明(カンヌで主演男優賞を取った柳楽優弥)を助けようとするいじめられっ子の女子中学生が援助交際(それもカラオケに付き合うだけという欺瞞的なもの)で手に入れた金を明は拒否する。でも一番下の妹ゆきが死んだとき、明はゆきに飛行機を見せてあげたいのであの金を「貸してくれ」と言う。なにか中途半端。

_ 子供たちは電気、ガス、水道を止められても公園で水を調達し、トイレを借り、コンビニの店員から賞味期限切れの食料をもらう。大家はアパートを追い出そうとはしない。「シティ・オブ・ゴッド」(2002年ブラジル)ではスラムを舞台に小学生が銃を持ち殺し合いをしていた。これは極端だとしても、「誰も知らない」のような状況におかれた子供は日本以外の国だったら犯罪で生計を立てていくだろう。この映画は日本という不思議な富める国でしかありえない出来事を描いている。子供たちは最後まで善良でカワイソウな存在であり、善と悪との葛藤も経験せず、観客が感情移入しやすい、捨てられたペットのように扱われている。もっとも、実話はそんなきれいごとではなかった。やはり無理がある。


2019-09-30 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト

_ 1968年のセルジオ・レオーネ監督作品。

_ もとは「ウェスタン」というタイトルで短縮版が公開さていたという。今回はオリジナルの165分版。

_ 確かに長いショットが多く短縮したくなるのはわかるが、長くても緊張感があるので退屈しない。監督の腕なんだろう。日本映画は冗長でうんざりするのが多い。

_ 主演のクラウディア・カルディナーレはしらべてみるともう80過ぎのようで年月が流れたのがわかる。

_ 新宿ピカデリーで観たが、観客も65過ぎが三割ぐらいはいた。歳は取りたくないものだ。


2001|11|12|
2002|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|
2006|01|02|04|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|03|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|06|07|08|09|10|12|
2010|01|02|03|05|06|07|
2011|01|02|03|04|05|
2013|02|07|
2015|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|07|08|10|11|
2019|01|02|03|04|05|06|09|12|
2020|01|