_ 二つの「if」について考えてしまう。ひとつは、もし一昨年の夏場所、武双山戦で負傷したとき休場していれば。もうひとつは、今場所再出場せずに治療に専念したら。いずれも貴乃花は常識では考えられない決断をしたが、結局この度の引退という結果になった。これを「挑戦」と呼ぶ人もいるが、むしろ破滅に向かって突き進んで行ったように思える。葉隠的な死の美学に魅せられたかのように。
_ 1ヶ月ほど前、たまたまNHKで貴乃花のインタビュー番組を見た。彼は、ゆっくりと、でも熱心に話し、その言葉は孤独な修行のなかで熟成した重みと味わいをもっていた。
_ 貴乃花の最後の勝負は皮肉だった。相手は初顔の安美錦で、貴乃花の使える唯一の武器である右手を封じる作戦にでた。貴乃花の左手はほとんど動かず、木偶のように安美錦に振り回され踊らされ、送り出された。雅山の投げや出島の突進に敗れたのなら、まだ玉砕の美学があったかもしれない。しかし、現実は容赦なく無残だった。作り物のドラマと違って本当の悲劇はこのように無情なものなのだろう。
_ 昨日の引退会見を見ていて、これでよかったのかなとも思った。貴乃花にとってはこの結末も意外なものではなかったのかもしれない。そんな大きさを感じた。