_ 去年の9月11日、WTCから多数の人が飛び降りたと言う。生存者がいたという話はない。ひとりで、また2人、3人で手をつないで飛んだ人は、窓枠から足が離れるとき何を思ったのだろう。確実な死か。いや、何人かは、もしかしたら殆どの人が飛翔を念じたのではないか。
_ 誰でも飛ぶ夢をみる。最初は屋根をかするように浮上し、やがて力強くヒマラヤ杉を越え、雲やその上の星ぼしに向かって上昇する。そんな夢を誰でも見たはずだ。
_ WTCでは何百人もの人々が奇跡を信じて飛び、誰も助からなかった。彼らの最も切なる願いは天に届かなかったのか。そもそも奇跡は存在しないのか。
_ ジョディー・フォスター主演の「コンタクト」という映画がある。地球外知的生命体(ET)とのコンタクトを描いた作品だ。ETの設計図に従って恒星べガ星域への移動が可能な装置が建設される。巨大なドーナツ状の二つの物体が回転する中をジョディーを乗せた球体の乗り物が落下し、ドーナツの中心あたりで星間移動のワームホールに入るはずだった。だが、球体はただ海中に落下しただけだった。星間飛行は失敗したかのように見えた。しかし、ジョディーは球体が着水するまでの数秒間に何光年もの旅をし、少女の時に死に別れた父(の姿を借りた異星人)と再会し、そして地球に帰還していたのだ。
_ WTCから飛び降りた人々が地面に着くまでの数十秒間について我々は何も知らない。その間に奇跡を見た人がいるかもしれない。神を見た人がいるかもしれない。数十秒間に悟りを開いた人がいるかもしれない。いずれにせよその数十秒間の体験は誰にも語られることはない。
_ いくら思いを致しても、そこで何があったかは私には分からない。しかし、奇跡がなかったとは誰にも言えない。飛翔の夢は実現したかもしれない。そう信じたい。