_ 25年後
_ サヤはアメリカ人ジャーナリストと結婚しアメリカ国籍を得た。そして自らもジャーナリストとして活躍しピュリッツァー賞を受賞した。それから程なく下馬評にも挙がっていなかったナオがノーベル文学賞を受賞した。
_ 2029年6月1日
_ サヤとナオはボストンの海の見えるレストランで食事をしていた。毎年6月1日に一緒に食事をするのが約束だった。どうしても都合がつかないときでも、その日には電話で話すかメールをするようにしていた。二人はずっと仲の良い友達だった。
_ 二人は黙って海を見ていた。色々話したいことはあったが、いつものように気楽に会話が弾まなかった。
_ 「願いがかなっちゃたネ」サヤがつぶやいた。
_ 「うそみたい・・・サヤのは当然だと思うけど・・・私は変だな」
_ 「そんなことないよ。みんながナオの実力を認めているわよ」
_ 「でも、早すぎるよ」
_ 「悪魔は来るのかな・・・」
_ 沈黙
_ 「夢だよ、あれは。二人で一緒の幻覚を見ていたんだ」とナオ
_ 「でも、もし本当だったら」
_ 「どっちかが死ぬんだ」
_ 「どっちかが殺すんだよ」
_ 「ごめんね、あんな約束をして・・・」
_ 「あのときは他に方法はなかったから仕方ないよ」
_ 沈黙
_ 「死ぬ方と殺す方、どっちがいい?」とサヤ
_ 「死ぬ方」
_ 「私も」
_ サヤはハーバード大学で夏季講座を持っていた。ナオはノーベル賞の受賞記念講演のためにボストンを訪れていた。
_ 「ナオが残る」とサヤが言った。「ナオは小説家なんだから私のことを書いてくれるでしょう。みんなが私のことを忘れないように」
_ 「いやだよ。あなたを殺して生きていくなんて無理。一緒に死ぬ」
_ 「うれしいけど、ナオが生き残るべきよ。生きてもっと素晴らしい作品を残して」
_ 急に日が翳り、あたりが暗くなった。
_ 2004年6月1日 12:25
_ そこは学習ルームだった。カーテンの隙間からさし込む光が金色の帯になった。ナオの手の中のカッターナイフがキラリと光った。