_ 40年前、私は高校の友人たちと作っていた雑誌に「核武装中立論」という論文を載せた。これは当時、社会党が唱えていた「非武装中立論」を意識したものだったが、パロディではなく、真面目な主張だった。
_ その当時日本は、広島級原爆60発分のプルトニュウムを所有しており、ICBMに転用可能なロケット(東大宇宙航空研究所のミュー)を開発中であった、と私は書いている。40年前にすでに日本は核保有国になる力を持っていたのだ。しかし、日本を核武装しようという動きはその当時も皆無で、そのような議論をすることさえはばかれた。それは今日でも変わらない。
_ 万一日本が40年前に核武装していたらどうだったろう。多分アメリカ追従でずっとやってきた今の日本と比べれば核武装国日本の40年後ははるかに貧しい国になっていただろう。でも生活を犠牲にして軍事力を強化した結果、国際社会における日本の存在感は今よりもあり、核ミサイルはもちろんのこと、独自のミサイル防衛システムを構築していたかもしれない。何れにせよ、北朝鮮が核実験をしたくらいでうろたえることはなかったろう。
_ 技術的にみれば、日本は数ヶ月あれば核武装することが可能だという。外国では随分前から日本の核武装を現実的な可能性として考えている。この選択肢は日本が自ら真剣に考え検討すべきものだった。それを考えることさえ放棄したというところで日本は責任のある国家とはいえなくなった。今の日本は核武装する技術はあってもその覚悟はない。
_ 三島由紀夫は次のような予言をしている。
_ このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなってその代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。(「果たしえていない約束ー私の中の25年」 サンケイ新聞 昭和45年7月7日)