_ 中国で、10年前に中断した未完成の映画を完成させようと活動を再開した監督以下がコロナの為にさらなる中断を余儀なくされる話。
_ 中国のコロナ対策は徹底していて大変だという感想は持ったが、映画自体は退屈で、眠くなった。
_ 個人的には、コロナの記憶は薄れていて、当時どう考えていたのかさだかでない。少なくとも「ステイホーム」が嫌だとは思はなかった。
_ 今日の、朝日新聞の夕刊に載っていたエッセイに千早茜という作家が同じような感想を述べていた。その人は、できることなら家にずっといたい、という人で、会合に誘われても、「予定はないが家にいたい。少なくとも週四日は家から出たくない」と言って断りたいとのこと。
_ 私も同様で、なぜ人々が飲み会だなんだと集まりたいのかわからない。職業人が定年になり、暇になるとそのような誘いが多くなる。私は、仕事をしている間は、クライアントを獲得するためには嫌な人付き合いもする必要があるという強迫観念で、そのような会合に出ていた。
_ 仕事を増やすという理由がなくなると、そのような会合には極力行かないようにしている。しかし、あからさまに、出たくない、というのは難しい。そのような言葉は、相手に対する敵意を意味し、社会から排除される結果になる。それでも結構だが。
_ そもそも、何のために人は集まるのか。情報交換のためであれば、昨今はSNSなどで必要な情報は集まる。実際に、集まって話す内容はくだらない、自慢話、他人の悪口、どうでもいい回顧談などで、時間の無駄でしかない。
_ 飲み会などで、一人で話を独占して悦に入っているやつが必ずいるが、どういう頭の構造をしているのだろうか。そんな話誰も聞きたくないのが何故わからない。