_ 私は、この映画のテーマはヒロイズムかと思っていた。Let`s roll と言ってテロリストに素手で立ち向かった男たちの物語というと、アメリカ人の好きな「アラモの砦」のような英雄談を思い浮かべる。乗客の中の誰かをヒーローに描けば、人を感動させるのは簡単だ。
_ しかし、この映画は私の予想をいい方向で裏切っていった。描かれるのは、テロリストや乗客の外面で、その内面の葛藤や各人の背景(生い立ち、家族、思想等)は最小限に留められる。特定の人間により多くの光が当てられることはなく、みな平等に一つの悲劇に直面する。
_ 現実というものは、本当はこういうものなのだとこの映画は我々に気づかせる。特定のヒーローなんていなくて、みんな他人に負けない自分の世界を持っていて、死ぬときはわずかな外面のみを見られながら消えていくのだ。
_ 映画は、登場人物の内面に踏み込まないだけでなく、彼らが見る範囲の世界しか描かない。飛行機がWTCに突っ込むところなどニュースの映像にだっていくらでも迫力のあるものがあるのに、白黒のモニターに映し出される絵しか出さない。でも、それがかえってリアルですごい。
_ 結末は、誰もが知るとおり、飛行機はペンシルバニアの森林に墜落し、生存者はいない。この事実を、アメリカン・スピリットの発現とみることもできるだろう。最後に、乗客の一人にそのようなセリフを言わせれば、自由と民主主義を守るために戦った英雄の物語になる。しかし、この映画はそのような安易な感動を与えてくれない。映画は、「機体が上がらない!上がらない!」という操縦桿を握った乗客の一人の悲痛な叫びで終わる。
_ そこにあるのは、政治的・宗教的な対立などよりもっと重いものだ。飛行機は、人間の小さな争いと一緒に地球の重力に引かれて墜落していった。ペンシルバニアの森林にその衝撃は呑み込まれ、何年か後には痕跡も残らないだろう。
_ この映画は、一番ホットな政治的テーマを扱いながら、私の感じたメッセージは仏教的な諦念ともいうべきものだった。諸行無常ー人間の思想、主義主張、価値観そしてそれらをめぐる争いは、地球の重力の前にはなんとむなしいものなのか。